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東京地方裁判所 昭和36年(行)139号 判決

判   決

群馬県前橋市田中町七八番地の一

原告

群馬中央バス株式会社

右代表者代表取締役

岩崎半之助

右訴訟代理人弁護士

田代源七郎

東京都千代田丸の内一丁目一番地

被告

運輸大臣

綾部健太郎

右指定代理人検事

岡本元夫

青木康

同法務事務官

山口智啓

同運輸事務官

須賀貞之助

ほか四名

右当事者間の昭和三六年(行)第一三九一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請却下処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の昭和三一年六月一三日付一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請を、被告が昭和三六年六月七日付自旅第一二一一号をもつて却下した処分を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

主文同旨の判決を求める。

二、被告の申立

1、本案前の申立

本訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

2、本案についての申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、処分の経過

1、原告は、昭和二五年九月六日に設立された株式会社で、主として群馬県中央部から東南部地方にわたる主要都市六市を営業区域として、道路運送法による一般乗合旅客自動車運送事業、その他一般貸切旅客自動車運送事業を営んでいる。

2、草津地方は、群馬県内だけでなく、全国的に著名な温泉郷で、近くに白根山、万座温泉等をひかえ、最近の観光遊覧設備の充実に伴い、上信越高原国立公園の中枢地区たる地位を占めるようになつて、四季を通じ観光客、スキーヤー等が逐年増加している観光地区であり、また、草津白根地帯の硫黄、高原地帯の高原野菜、山林の「吾妻木材」等の産出があつて、群馬県の重要な産業地区でもあるのに、その開発発展の基本的手段となるべき交通機関の便が極度に悪く、県都前橋その他県下主要都市と草津を直通するものはなく、乗換等を要して、時間その他不便を伴う実情にある。

原告は、県内バス業者として、吾妻郡一帯と県都前橋市、その他高崎市、伊勢崎市、太田市等をバスによつて直通させ、産業、経済、文化、観光開発に寄与しようとこころざし、既免許路線の太田市より伊勢崎市、前橋市を経て高崎市に至る路線を延長して、榛名町、吾妻町、長野原町を経て草津町に至るまでの間を運行する一般乗合旅客自動車運送事業を計画して、道路運送法第五条により、昭和三一年六月一三日付免許申請書をもつて、被告に免許の申請をした。申請にかかる計画の概要は、次のとおりである。

(一) 路線

既免許分 太田市―(伊勢崎市、前橋市経由)―高崎市新町 四六・三〇粁

延長申請分 高崎市新町―(榛名町、吾妻町、長野原町経由)―草津町 八〇、九六粁

(二) 運行回数 一日往復四回

(三) 年間推定取扱旅客数 九六、三五三人

(四) 運賃 太田―草津間 二五〇円

既免許路線については、認可運賃により、その他については、「基礎賃率」一粁当り三円、「平均賃率」一粁当り二円四五銭、「山間割増率」三割とする。

(五) 所要時間 太田―草津間 五時間

(六) 他業者との関係

路線の一部については、他業者の既免許路線と競合するところがあるため、競合区間においては、既設交通機関との重要接続地点以外はすべて無停車とし、輸送秩序を乱し、その他関係業者に悪影響を及ぼすことのないよう留意し、特に主要地点においては、関係交通機関との円滑な接続輸送を図り、旅客の利便増進を期して立案した。

3、原告の右申請について、起点太田市から終点草津町に至る沿線一八市町村及び利用交通圏内の一二市町村の代表者たる市町村長及び市町村議会議長並びに地元選出の衆、参両議院議員等有志六四名が、昭和三一年一〇月三〇日に右申請実現のための促進期成同盟会を結成し、原告をべんたつ激励する一方、関係当局に対し、早期実現を書面または口数で数十回にわたり陳情し、また群馬県議会においても、昭和三一年一二月の定例会本会議において、原告の右申請については産業観光開発発展のため早急な免許方促進を図る旨の異例の決議がなされており、これらの事実は、原告の申請路線の設定を全県民が熱望していること及びこれが群馬県の産業、観光の開発発展のために重要な意義を有することを証明するものである。

もつとも、原告の右申請に対して、これにつき最も利害関係の深い群馬バス株式会社は、原告の計画が前述のとおり関係業者に悪影響を及ぼすことのないよう留意して樹立されているのに、いわれなく反対をし、同社代表取締役木暮武太夫(なお、同人については後述参照)等が関係当局に強硬に反対運動を続けていた。

4、被告は、原告の本申請につき、運輸省設置法第六条に基づき、運輸審議会にこれを諮問し、同審議会は、昭和三四年三月六日自ら主宰する公聴会を開催し、申請者である原告、利害関係人としての、群馬バス株式会社、日本国有鉄道関東地方自動車事務所、東武鉄道株式会社、草軽電気鉄道株式会社、その他一般公述人の公述を聴取して審理を遂げ、昭和三六年五月三〇日付運審第六六号(同年七月一二日付官報掲載)をもつて、被告に対し、「草津町と高崎、前橋、伊勢崎、太田の諸都市とを結ぶ交通機関としては、長野原、渋川経由の経路により既設の交通機関の乗り継ぎによる方が、申請路線によるよりも、運転時間、運賃等の面において便利であると考えられるので、原告による申請区間におけるバス運行の開始は、現状においては、その緊要性に乏しく、原告の申請は、道路運送法第六条第一項第一号及び第五号に適合しない」との理由で、本申請を却下することが適当である旨の答申をした。

5、被告(当時の運輸大臣は木暮武太夫である。)は、これに基づき、昭和三六年六月七日付自旅第一二一一号をもつて、原告の本申請は、道路運送法第六条第一項第一号及び第五号に適合しないとの理由で、これを却下し、原告は右処分書類を同年九月九日受領した。

二、処分の違法事由

1、被告の却下処分の通知書には、原告の申請は道路運送法第六条第一項第一号及び第五号に適合しないとあるだけで、具体的な処分理由はなんら記載されていないが、前記運輸審議会の答申と対比すると、結局、原告の申請路線によるよりも既設交通機関による方が、所要時間、運賃等の面において便利であるということが、却下処分の理由と思われる。

しかしながら、例えば、太田―草津間について、申請時における既設交通機関の所要時間、運賃と原告申請のそれとをくらべると、次のとおりである。

(一) 既設交通機関による場合

(イ) 太 田―渋川間バス利用

渋 川―長野原間汽車利用

長野原―草津間バス利用

右所要時間 五時間三〇分(乗換三回、一回の接続時間一〇分とする。)

運  賃 二六五円

(ロ) 太 田―渋 川間

渋 川―長野原間

長野原―草 津間)各バス利用

右所要時間 六時間二〇分(乗換三回の所要時間を含む。)

運  賃 三一〇円

(ニ) 原告申請路線による場合

所要時間 五時間

運  賃 二五〇円

右によつて明らかなとおり、原告申請路線による方が、所要時間、運賃のいずれの面からも便利であり、しかも原告申請路線は直通で乗換えがなく、既設交通機関による方が便利であるとの認定は、明らかに事実を誤認したものである。

また、道路状況についても、申請路線は、バスの運行について完全な状態にあり、現に他社のバスも運行しており、また既設交通機関が運行している渋川経由の道路とくらべてみても、昭和三六年度における交通事故件数は、申請路線の道路上におけるものが三四件であるのに対して、渋川経由の道路上においては二六〇件もの事故が発生しており、この点においても、申請路線が既設交通機関に劣るものでないことは明らかである。

なお、かりに、被告が既設交通機関として、もつぱら汽車を利用する場合をとりあげ、これと原告の申請路線とをくらべて、運賃、所要時間において申請路線が劣るものと判断したのであれば、他の長距離事案、例えば東京急行電鉄株式会社に渋谷―長野間につき、東北急行バス株式会社に東京―仙台間につき一般乗合旅客自動車運送事業の免許をするにあたり汽車との比較をしていないこと(汽車と比較すれば、所要時間等でバスが劣ることは明らかである。)に比し、明らかに原告を不公平に取り扱つたものといわなければならない。

2、既に述べたとおり、本件却下処分当時運輸大臣(被告)の職にあつたのは木暮武太夫であるが、同人は、昭和三一年三月頃東京急行電鉄株式会社の意を受けて、群馬バス株式会社を同社の系列下に加えることに尽力し、その結果、東京急行電鉄株式会社は、群馬バス株式会社の株式の過半数を獲得して、その支配権を取得し、専務取締役(代表取締役)その他重要ポストに自社の社員をあてて、これを経営するに至つた。しかし、東京急行電鉄株式会社のこのような所為は、自動車運送事業を他人のため利用させることを厳禁する道路運送法第三六条、自動車運送事業の譲渡、事業者たる法人の合併を運輸大臣の認可にかからしめる同法第三九条の趣旨を没却するものであり、ひいては、道路運送事業の適正な運営と競争を確保し、道路運送に関する秩序を確立することにより、道路運送の総合的な発展を図り、もつて公共の福祉を増進しようとする同法の目的(同法第一条)をそこなうもので、違法というべきであり、これをあえてした木暮武太夫は、法律による行政の立前をわきまえないものといわざるを得ない。

ところで、群馬バス株式会社が原告の本申請につき強硬な反対運動を続けていたことは前述のとおりであるが、木暮武太夫は、昭和三二年四月以来昭和三五年一二月八日運輸大臣に就任するまで、同社の代表取締役社長をつとめ、昭和三六年七月一八日運輸大臣退任後、同年八月二三日再び同社の代表取締役会長となつて現在にいたつており、同人と東京急行電鉄株式会社との関係よりして、同人の運輸大臣就任につき、業界から「東急大臣」といわれた程であつた。なお、昭和三六年七月一八日の役員改選により、東京都陸運事務所長、新潟陸運局長の経歴のある東京急行電鉄株式会社の社員萩原栄治が群馬バス株式会社の代表取締役社長となつている。

他方、運輸行政事務担当者においても、退職後の関係もあつてか(例えば、本件却下処分当時の運輸省自動車局長であつた国友弘康は、退職後東武鉄道株式会社の常務取締役に就任している。)、大企業経営の運送事業者の利益を図る傾向が強く、前記のような大企業による法の趣旨に反する中小運送事業者の所謂「乗つ取り」等についてなんらの是正措置をも講ぜず、また、例えば、日本国有鉄道、西武鉄道株式会社、草軽電気鉄道株式会社(実体は東京急行電鉄株式会社)の大企業者が、草津―殺生間に無免許のまま定期バスを運行しているのに、これを五年から一〇年もの長きに亘つて放置したようなこともある。

これらの事実から推せば、本件却下処分は、当時の運輸大臣木暮武太夫が、事務当局と相い謀り、原告の申請が、東京急行電鉄株式会社の軽井沢、草津方面の大規模な観光開発計画の妨げとなるため、これを阻止するためになされたものと認められる。従つて、右処分は、法の趣旨からすれば、免許申請の許否の決定にあたり、本来考慮にいれてはならない事項を考慮にいれて行われたものであり、この点で、違法のかどがある。

なお、木暮武太夫が復帰した群馬バス株式会社は、あたかも右事実をうらづけるかのように、本件却下処分当時と輸送需要等に変化のない昭和三七年一月二九日に、原告の申請と同趣旨の高崎市から榛名町、吾妻町、長野原町を経由して草津町に至る路線について、一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請をしている。

3、行政処分は、本来、適正な手続によつてなさるべきものであり、国民は、適正な手続によつて処分を受くべき法定利益を享有するものと解すべきである。とりわけ当該処分が、国民の基本的権利、自由の規制に係るものであり、処分要件の存否が事実の認定に基づき判定さるべきことが要求されているような処分については、行政庁の判断は、国民の権利、自由を規制する手続としてふさわしいような手続、すなわち公正な、事実の認定につき独断に陥るおそれのないような手続によつて形成されなければならない。運輸省設置法が運輸審議会を設け、運輸大臣が自動車運送事業の免許の許否等を決するについて、運輸審議会の決定を尊重して、これをすべきことと定めている(同法第五、第六条)のもひつきよう、運輸審議会が独立、公正な立場から、独断に陥るおそれのない手続によつて認定した事実に基づいて下した判断を運輸大臣が尊重して最終的に許否の決定をすべきこととすることによつて、適正な手続、すなわち公正な、事実の認定につき独断に陥るおそれのないような手続によつて処分を受くべき国民の利益を法的に保障しようとすることにあるものと解すべきである。

ところで、原告の本件申請に対する審理状況をみてみるに、運輸審議会への諮問前においては、東京陸運局長による簡単な聴聞が行われただけで、現地調査その他十分な資料収集の手続も、また原告に対し必要な証拠と主張をなすべき適切な措置もとられなかつたのであるが、運輸審議会においても、公聴会を開催して、申請者である原告その他利害関係人等の主張を聞いただけで、公聴会開催後答申決定までに二年以上の期間を経過しながら、その間答申の理由である、既設交通機関を利用する方が原告の申請路線によるよりも便利であるとの判断をするのに、最小限必要な現地調査すら自らは勿論、審理官をして行わせたこともなく、その他何らの資料収集、当事者の説明の聴取もしないまま、ただ、運輸省事務当局の本申請に対する態度の決定をまち、事務当局の本申請を却下すべき旨の判断を聞いてから、これと同じ答申を出したのであり、しかも、右答申決定当時の運輸審議会の委員六名中、公聴会に関与した委員は僅か三名にすぎなかつたのに、当時運輸審議会の唯一の判断資料ともいうべき公聴会記録が紛失しており、公聴会記録を見てない新委員を加えて、最終審議をしたのであつて、運輸審議会の答申は、独立、公正な立場によるものでもなければ、独断に陥るおそれのない手続によつて認定された事実に基づくものでもなく、従つて、原告は、運輸審議会の公正にして独断に陥るおそれのない手続によつてなされた答申を尊重して、被告に免許の許否の判定を受くべき法的利益を侵害されたものであり、この面においても、被告の本件却下処分は違法である。

三、訴願裁決不経由の正当事由

原告は、被告のした本件却下処分につき、道路運送法第一二一条の訴願をしていないが、これについては次に述べるような正当な事由があるから、本訴は、行政事件訴訟特例法第二条但書により適法である。

1、被告の本件却下処分は、原告の申請後丸五年近くを経過してなされたものであり、しかも、運輸審議会が自ら主宰する公聴会を経たもので、形式的には最高の審理手続がとられており、また、処分庁が訴願裁決庁と同一であるから、原告が被告の処分につき、被告に訴願をしたとしても、原告の主張が採用される可能性は全くないのであつて、訴願前置を求める法の趣旨よりして、原告には、訴願裁決を経ない正当事由があるものというべきである。

2、また、原告は、昭和二九年八月一七日付をもつて、被告に対し路線区間前橋―館林間につき一般乗合旅客自動車運送事業の免許の申請をしたところ、東武鉄道株式会社も原告の申請と同趣旨の申請をするにいたつた。

被告は、運輸審議会の答申を経て、昭和三〇年一一月二一日原告及び東武鉄道株式会社に、それぞれ条件を付して免許したが、原告に付した条件は道路運送法第一二〇号第二項に違反し許されないものであり、また、東武鉄道株式会社の申請は、同法第三二条第二項に該当し、却下すべきものであつた。そこで原告は、昭和三一年一月一九日付で原告に対する免許に付した条件の取消しと東武鉄道株式会社に対する免許の取消しを求めて被告に訴願した。しかるに、被告は、訴願受理後満五年近くを経過した昭和三五年一二月二六日原告の訴願を棄却する旨の裁決をした。

右事件の経過から見ても、原告が本件却下処分につき、訴願裁決を経由しない正当な事由を有するものといわなければならない。

第三、被告の本案前の主張

原告は、被告が昭和三六年六月七日付でした原告の昭和三一年六月一三日付一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請に対する却下処分の取消しを求めているが、この処分に対しては道路運送法第一二一条により訴願することができるにかかわらず原告は訴願をしないで訴を提起しているから、本訴は訴願前置の要件を欠き不適法である。

原告は、本件処分が運輸審議会の最高の審理方式による審議を経てなされていること、被告が本件処分につき最上級の行政庁で、訴願裁決庁となることを理由に、原告が訴願をしても認容される余地がないから、行政事件訴訟特例法第二条但書の正当事由があると主張するが、右の事由だけでは、同条但書の正当事由がある場合にあたるものではなく、また、原告の請求原因第三の訴願裁決不経由の正当事由の項2の事実中、被告が原告及び東武鉄道株式会社の前橋―館林の路線につき、一般乗合旅客自動車運送事業を条件付で免許し、これに対する原告の訴願を棄却したことは認めるが、右訴願裁決は原告主張のように違法なものではなく、しかも右事案は、本件事案とは全く別個の事案であるから、このいきさつは、本件却下処分につき訴願裁決を経ない正当事由があるかどうかの問題とは無関係である。

よつて、結局本訴は訴願の前置を欠き不適法である。

第四、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因第一項について。

1、同項1の事実を認める。

2、同項2の事実中、草津地方が群馬県における重要な観光及び産業地区であること、草津と県都前橋市等を直通する交通機関のないこと、原告が昭和三一年六月一三日付で原告主張の路線、運行回数、年間推定取扱旅客数、運賃、所要時間及び停留所を計画内容とする一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請をしたこと、以上の事実はいずれも認める。草津地方の交通機関の便が極度に悪いとの点及び申請路線の一部のみが他業者の既免許路線と競合するとの点は否認する。原告の申請路線は、全区間他業者の既免許路線と競合するものである。

なお、原告の申請に及んだ意図は不知。

もつとも、原告はもと群馬バス株式会社と一体のものであつたが、会社内部の紛争から、昭和二五年これより分割して設立されたもので、従来の経過もあつて原告と群馬バス株式会社との間に法律上の紛争が絶えず、現在も前橋―高崎間の路線について、両者間の運輸協定をめぐり、原告より群馬県知事及び群馬バス株式会社を被告とする訴訟が前橋地方裁判所に提起されており、原告の本件申請に最も深い利害関係をもつものが群馬バス株式会社であることよりすれば、原告の本件申請の目的は、原告の主張するような純粋なものだけではないと思われる。

3、同項3の事実中、原告主張の促進期成同盟会が結成され、これが数回にわたり関係当局に陳情したこと、群馬県議会が原告主張のような決議をしたことは認める(もつとも、右促進期成同盟会の結成及び群馬県議会の決議は、本件申請のみに関するものではなく、原告がこれと別に申請した東京―前橋間の一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請をも含めてなされたものである。)。

しかし、右促進期成同盟会の結成及び群馬県議会の決議は、いずれも原告の政治工作によつてなされた色彩が強く、促進期成同盟会の会員も、数名を除いては、いわゆるつきあいで名前を連ねたもので、なかには本人の知らない間に会員名薄に登載された者もあり、また県議会の決議も、これが付託された交通対策特別委員会で五対四の僅少差で採択が決定され、本会議では賛成多数によつて決議されたにすぎず、これらの事実をもつて、原告の本件申請の実現を群馬県の全県民が熱望していたとするのは、誇張に過ぎるものといわなければならない。

4、同項4の事実を認める。

5、同項5の事実を認める。

二、請求原因第二項について。

1、同項1の事実は争う。(後述被告の主張第一項参照)

2、同項2の事実中、本件却下処分当時の運輸大臣が木暮武太夫であること、同人は運輸大臣在任の前後において原告主張どおり群馬バス株式会社の社長及び会長であつたこと、原告主張の経歴の萩原栄治が同社の社長となつていること、国友弘康が東武鉄道株式会社の常務取締役に就任したこと、群馬バス株式会社が昭和三七年一月二九日原告主張の免許申請をしていることは認める。群馬バス株式会社と東京急行電鉄株式会社との関係は不知。その余は否認する。

なお、西武鉄道株式会社等の草津付近の乗合旅客の運送については、運輸当局は右事実を察知し、昭和三七年八月二三日道路運送法第二四条の二第一項違反として処分した。(なお、後述被告の主張第二項参照)

3、同項3の事実は争う。(後述被告の主張第三項参照)

第五  被告の主張

一、被告が原告の本件申請が道路運送法第六条第一項第一号及び第五号に該当しないと認めた理由は、次のとおりである。

1、原告の本件申請路線は、専ら長距離の旅客輸送を目的とするものであるが、申請路線の起点またはその沿線から終点の草津に至る間には、既設の交通機関が存在し、これによつて通常の輸送需要が充足されているのであるから、既設の交通機関に比較して所要時間、運賃、道路状況等において優位な点がなければ、単に乗り継ぎを要しないということだけでは、本件申請の事業の開始が輸送需要に対し適切なものであるとすることはできない。

(一) 既設交通機関について。

本件申請時における太田―草津間の既設の交通機関の状況を鉄道及びバスについてみると次のとおりである。

鉄道は、太田―伊勢崎間に東武鉄道が一日二〇回(往復)、伊勢崎―前橋―高崎間に国鉄両毛線が一日二二・五回、前橋(新前橋)―渋川間に国鉄上越線が一日一七回、渋川―長野原間に国鉄長野原線が一日一〇回運行しており、このうち高崎―前橋(新前橋)―渋川―吾妻町―川原湯―長野原間には、国鉄が直通便を一日三回運行し、高崎及び前橋から吾妻町、草津方面への旅客の便に供していた。

他方、乗合バスについては、重要な系統を例示すると、太田―伊勢崎―前橋間は東武バスが一日四回、原告バスが一日二七回、前橋―渋川―中之条間は、東武バスが一日一九回、前橋―渋川間にも同バスが一日一〇四・五回、渋川―吾妻町―川原湯―長野原―草津間は、国鉄バスが一日六回、その外長野原―草津間にも同バスが六・五回運行されており、また、前橋―高崎間には、群馬バスが一日五四回、原告バスが一日一八回、高崎―榛名町―大戸間には群馬バスが一日五回、大戸―吾妻町間には、東武バスが一日八回運行されていた。

このように太田―草津間の交通事情としては数多くの既設交通機関が存在し、十分旅客の輸送需要に応じていた。

(二) 所要時間について。

つぎに既設交通機関と本件申請との所要時間を比較する。

(イ) 本件申請は、太田―草津間を五時間で運行するものとするので、一応申請どおりの所要時間で運行が可能であるとして、既設交通機関の所要時間と対比してみよう。

原告が申請系統の一部(太田―前橋間)を運行しているバスの運行速度は平均時速二九粁であるから、申請路線の平地部(太田―榛名町間)における時速も右同様と考えられ、従つて、山間部(榛名町―草津間)の運行速度は平均時速二三粁と算出することができる。これによつて、申請路線の主たる停留所間の所要時間を算定すると、別表第一申請路線所要時間の欄記載のとおりである。即ち、例えば、草津までの所要時間は、太田からは三〇〇分、伊勢崎からは二六五分、前橋(新前橋)からは二二〇分、高崎からは二〇五分となる。

他方、既設交通機関により渋川経由で行く方法(東武鉄道、国鉄直通列車、国鉄バスを利用する場合をとる。)の所要時間は、申請時においては、別紙第一既設交通機関所要時間の欄記載のとおりで、草津までの平均所要時間は、太田から二七三分、伊勢崎から二一八分、前橋(新前橋)から一七一分、高崎から一八六分である。

従つて、これら都市から草津までの所要時間は、申請路線を利用する方が二〇分ないし五〇分の時間をより多く費すことなり、その上目的地が吾妻町、川原湯、長野原の各地までであるならば、さら時間の差が甚しくなり、おおむね一時間前後の超過時間を要する。

(ロ) さらに、これを処分時についてみれば、既設交通機関によると、

太 田―渋 川(東武バス)九〇分

渋 川―長野原(国鉄)  七〇分

長野原―草 津(国鉄バス)四〇分

であり、乗換所要時間を一〇分として、二回分二〇分を加えても、所要時間は二二〇分で、既設交通機関による優位性が一層明白である。

(ハ) ところで、以上は原告の申請による運転時間が一応妥当なものと仮定しての考察であるが、本件申請路線の太田―草津間(一二七・二六粁)のうち約半分(六五・五六粁)を占める榛名―草津間は、山間部であるため坂道が連続する上、断崖の上の沿道があり、その間六%より急な勾配が一五ケ所、最急勾配が八%の坂道で、道路幅員、路面の状況から大型車の急行便を運行させることは、積雪時、豪雨後はもちろん晴天時においても運転に多大の注意を要し、平坦部の約二割減程度の平均時速二三粁で走行させることは困難であるから、申請路線の太田―草津間を五時間で運行することは難しいといわざるを得ない。

もつとも、昭和三七年八月一八日の検証の結果によれば、太田―草津間を四時間三五分で運行しているが、それは申請路線の道路改修が急ピツチで行われており、申請時はいうまでもなく、処分時に比しても、道路状況が著しく改善されていたこと、検証に使用した車輛が、免許申請書にある板バネ付バスではなくて、空気バネ付バスで、空気バネ付バスは申請路線の様に凹凸の多い未舗装道路を走行する場合に板バネ付バスに比しスピードが出しやすいこと及び検証の際の運転者の運転技術が著しく優れていたことなどによるのであつて、右の一事をもつて、検証における運転時間により常に運行できるものと判断すべきものではない。

(二) 運賃について。

(イ) 原告の申請の運賃を一応妥当なものと仮定して、これと既設交通機関の運賃とを比較すると、別表第一の申請路線運賃、既設交通機関運賃各欄記載のとおりである。

これによると、太田―草津間は、申請路線二五〇円に対し既設交通機関二五五円、伊勢崎―草津間は二一〇円対二〇五円、前橋―草津間は一九〇円対一七五円、高崎―草津間は一六〇円対一八五円となり、太田―草津間、高崎―草津間を除き、申請の運賃は既設交通機関のそれよりも多額であり、ことに吾妻町、川原湯、長野原までの運賃は、所要時間の場合の比較と同様さらに開きが大きく認められる。

(ロ) しかも、本件申請の運賃は極めて不合理である。即ち

(a) 一般にバス運賃は、標準原価方式により数段階の賃率(一人一粁当りの運賃)を定め、各バス会社の収支状況を査定して、当該会社に相応する適切な賃率に基づく運賃表を認可するのであるが、昭和三一年当時の群馬地区のバス事業者は、賃率三円を基準として運賃表を作成したものであり、原告も賃率三円として申請している。

そこで、原告の申請する運賃をみてみるに、原告は高崎及び前橋から発生する取扱旅客数を申請路線の全旅客の五五%とみており、その大半が草津方面への旅客であるとみられるから、この区間の賃率を検討すると、高崎―草津間のそれは約一円六〇銭(高崎―草津間の運賃一六〇円、その実距離八一・二六粁、その間榛名町―草津間六五・五六粁については山間割増三割として、次の等式により計算する。160円÷(81.26+65.56×0.3)≒1円60銭)、前橋―草津間のそれは一円六五銭となり、申請書記載の賃率三円を約五割近く切り下げたものである。

そうすると、群馬地区のバス事業者が賃率三円をもつて適正な収支がはかられるものと認めていた当時に、原告はこれを約五割近く下廻つた賃率による運賃で、原告の推定全旅客数の半数以上を取り扱わんとするものであり、原告が申請運賃により原価を償い得るか否か極めて疑問である。

(b) しかも、原告は、申請運賃表のうち、高崎―草津間を極端に切り下げているものであるから、仮りに右運賃表によつて適正な原価を償い得るものであつても、特定の旅客に対し不当な差別的取扱をするものである。

即ち、例えば、新前橋―川原湯間(六九・一粁)の運賃は一七〇円と設定されているが、それより一二粁以上長距離で、その大部分が三割の山間割増運賃の適用がある高崎―草津間(八一・二六粁)は一六〇円と設定されているから、前者の利用者は、後者の利用者に比べて比較的平坦部の多い区間を、相対的に短距離しか乗車しないのに、高い運賃の支払を要求されるという不当な差別的取扱を受けることとなる。また、高崎―大戸間(三八・七粁)の運賃は一四〇円、大戸―草津間(四二・五六粁)は一二〇円と設定されており、旅客が高崎から草津まで行く場合に大戸で一たん下車して乗り継ぐと二六〇円の運賃を支払うことになるが、これを通して乗車すると高崎―草津間(八一・二六粁)の運賃は一六〇円となつて一〇〇円の差が出ることになる。通常遠距離を乗車する場合は、運賃が遠距離てい減を加味して比較的に若干低額になることは考えられるが、問題はそのてい減率であり、大戸―草津間を乗車した場合、運賃はその区間だけの乗車であれば一二〇円、高崎からの通し乗車であれば、高崎―大戸間一四〇円の運賃にわずか二〇円を加算するだけで草津まで行けることになり、このような大幅なてい減は、全く不当な切り下げといわなくてはならない。

(四) 道路状況について。

現在は著るしく改善されつつあるが、申請時及び処分時において、本件申請の榛名町、大戸を経由して草津に至る路線は、既設の交通機関が利用する渋川経由の路線に比較して道路状況が悪く、坂道と凹凸の砂利道の山道に悩まされるので、乗客、ことに長距離の乗客に対し決して快適な気分を味あわせるものではなく、とりわけ山間部において転落事故が時々発生していることよりすれば、申請路線が渋川経由の路線に比し旅行の安全感、快適度において優れているものとはいい難く、現実に前橋、高崎方面から草津に向う観光バス、自家用車等においても、渋川経由の道路を利用するのが通例で、榛名町、大戸経由の山間道路を利用することはごく稀に属する。

(五) 輸送需要(取扱旅客数)について。

以上の諸点を考えれば、前橋、高崎から発生する草津への旅行者(原告の申請書によれば、両市から発生する輸送需要は、全取扱旅客数の五五%にあたる。)が、本申請路線より既設交通機関を利用する方を選ぶことは自ら明らかであり、ことに国鉄線の直通便が一日三回運行しており、これを利用すれば、長野原で国鉄バスと直ちに接続し、一回の乗り換えだけで旅行することができるのであるから、なおさらのことである。そしてこのことは、前橋、高崎から草津に向う旅客に限らず、本件申請全路線についてもいい得るところである。

(イ) 輸送需要(取扱旅客数)の推定は、自動車運送事業の必要性を判断する上の重要なポイントであり、この推定を誤つた申請に対して免許すると、申請者のみならず、これに関連する他の事業者の事業に対し不測の影響を与え、乗合バス事業の混乱を招くこととなるから、輸送需要の推定は、より確実性のある資料に基ついた適確なものでなければならない。

原告の申請書によれば、年間取扱旅客数を九六、三五三人と推定し、その算出根拠として、申請路線の交通圏内の市町村人口とこれに対する利用率及び交車回数の数字があげられているが、右算定の基礎は明らかでなく、係数を恣意的に変動し、輸送需要を過大したもので、その推定は極めて不適確である。

(ロ) 本件申請は、原告も述べているとおり、太田、前橋、高崎地方から草津方面への旅客輸送を主としているのであるが、両地間には既設交通機関があるのであるから、申請路線の輸送需要の推定に当つては、既設交通機関による旅客の流動状況より、これを算出するのが適当である。そこで、この方法により輸送需要を推定すると、次のとおりである。

本件申請の旅客一人当りの平均乗車粁は、次の算式により約七五粁である。

これは、昭和三六年度全国一人平均乗車粁約五・一粁より長く、高崎―草津間が約八一粁であるから、高崎、前橋地区の旅客の大半は、草津まで旅行するものとみこまれていることとなり、また貸切バスと乗合バスとは客質を異にするから、その間の転移を考慮する必要はないので、高崎、前橋地区における申請路線に対する輸送需要、すなわち、高崎、前橋地区より発生する取扱旅客数の推定は、高崎、前橋地区より既設交通機関を利用して草津に赴いた旅客数との対比により算定するのが合理的である。

そこで例を前橋地区(前橋、新前橋)―草津間の輸送実績についてみてみることにする。

ところで、既設交通機関による場合、運賃、時間等の面よりして、渋川からは、すべて国鉄長野原線または国鉄バス吾妻線を利用したものと認めるのが当然であるから、その輸送実績により前橋地区―草津間の旅客数を算出することができる。そこで、昭和三二年度における国鉄の輸送実績をみると、次のとおりである。

(a)前橋地区(前橋、新前橋)―草津相互発着客 五、七五四人①

(b)前橋地区―吾妻線相互発着客 九、一四四人

吾妻線の実績によれば、吾妻線利用客中一七%が草津発着客であるから、右九、一四四人の一七%一五五四人②が草津発着の客数となる。

(c)渋川―長野原相互発着客 六九、三六〇人

このうち大半は、渋川地区と長野原との交流で、残余の旅客が沼田、桐生、前橋、高崎、太田等の諸方面からの集散客であつて、前橋地区と関連するものは、大きく見積つて約二割一三、八七二人③である。

(d)渋川―吾妻線相互発着客 七九、七九六人

うち草津発着客(一七%) 一三、五六五人

これを、渋川地区と草津との直接の交流客を無視して、沼田方面からの旅客と前橋方面からのそれとに等分に分けると六、七八三人④となる。

従つて、昭和三二年度当時の前橋地区から長野原、草津への交流客は、甘く見積つても、以上①、②、③、④の合計二七、九六三人と算出される。

そして、従来の免許行政の経験よりすれば、既設交通機関との間に所要時間、運賃の面において差がない場合でも、鉄道からの転移率は、最大約二割である。

しかるに、原告の申請によれば、前橋地区発生の旅客数を推定全旅客数の三分の一である三〇、九一八人と推定しているのであり、かくては、既存の利用者(二七、九六三人)のほとんどすべてが申請路線に転移するとみたことになり、結局原告の推定旅客数はあまりにも過大であるといわなければならない。

2、また原告の本件申請の事業の開始は、次のような理由から、公益上必要とも認められず、また適切とも認められない。

(一) 交通保安上の危険

(イ) 原告の申請系統のうち、新規免許申請の対象である高崎―草津間の道路交通状況について、群馬県公安委員会の意見その他の資料により検討したところ、申請区間は、群馬バス、東武バス、国鉄バス等の既存のバス事業者の乗合バスが定期運行している外、林産物、野菜運搬用トラツク及び一般通行者の往来もあり、場所によつては交通量が比較的多い地区もあるが、申請区間のうち山間部に入ると、木橋で重量制限実施中のものが一五ケ所もあり、その区間の道路の大部分が未舗装の悪路であつて、道路の幅員もずい所に狭隘区間がある。とりわけ吾妻渓谷付近では、一方に千じんの谷を控えた断崖上の道路でありながら、路面は凹凸が多く、しかも急カーブが数多く存在し、待避所も少なく、自動車のすれちがいの際の転落事故の危険性がきわめて多いと認められ、このことは、群馬県公安委員会の意見書によれば、昭和三〇年度一年間の高崎―草津間で発生した事故二九件のうち、山間道路における事故は主に転落事故であつた点からもうかがわれる。以上の諸点から、申請区間で原告申請のような大型急行バスの運行を認めることは、交通保安上好ましいこととはいえず、申請のバス運行を認めることは、事故発生を助長するに等しいものと考えられる。

(ロ) この点について、原告は、申請路線の道路と既設交通機関が運行する渋川廻の道路とにおける事故件数を比較して、前者の安全を主張するが、原告の主張は両者の交通量を度外視して、事故件数の絶対数のみを対比させて優劣を論ずるもので、不当な議論というべきである。

そこで、この観点から、昭和三六年度中の事故件数と昭和二七年六月調査の一日の交通量とにより事故率を算出すると次のとおりである。

(a) 既設交通機関利用 渋川経由道路

道 路 名 全交通量事故率 乗合、乗用、貨物自動車事故率

一級国道一七号線 三・一% 一・九%

県道渋川―中之条線 〇・五% 〇・二%

二級国道沼田―長野原線 四・二% 三・八%

(b) 申請路線 榛名町、大戸廻り

道 路 名 全交通量事故率 乗合、乗用、貨物自動車事故率

主要地方道

高崎―榛名―中之条線 五・六% 五・七%

以上により明らかなとおり、申請路線の道路の方が既設交通機関の利用する道路よりも安全であるという原告の主張は失当である。(なお、原告は、事故件数算出に当り、二級国道沼田―長野原線中渋川廻り経路として、吾妻警察署管内と長野原警察署管内の分界点から県道渋川―中之条線の分岐点までをとつているようであるが、右は、主要地方道高崎―榛名―中之条線の分岐点より県道渋川―中之条線の分岐点までをとるのが正確である。)

(二) 事業分野の混乱

乗合バス事業は地域的な発達によりそれぞれ自己の事業分野を開拓してきたものであり、互いにその分野を尊重しつつ、相互の同意又は運輸協定により、輸送需要に対応する路線の交流を図るのが通例である。免許行政においても、これらの事業者の慣行を全く無視することは、いたずらに乗合バス事業界の混乱を招き、その秩序の維持に資するものでないから、免許申請の許否にあたつては、事業分野についてもこれを考慮する必要がある。これは既存事業者のその地元に対する永年の貢献、営業努力による地元との結びつきを尊重して、自動車運送事業の適正な運営の確保を図り、濫りに路線を拡大して既存事業者の営業努力の成果を侵奪せんとするがごとき意図を有する申請を公益上不適切なものとして排除しようとする趣旨に他ならない。

しかるに、原告の申請路線のごときは、全線にわたつて国鉄、東武、群馬バス、草軽電鉄等他の事業者の既設路線と競合するものであり、現在の供給輸送力を上廻る輸送需要が存在する等の事由があれば格別、乏しい輸送需要を求めて、既存事業者の反対にもかかわらず、その分野に路線を設定しようとすることは、自動車輸送事業の健全な発達と適正な運営を阻害し、道路運送に関する秩序確立の趣旨に反するものというべきである。

3、被告は、以上の事実を認定し、これにより、原告の本件申請は、道路運送法第六条第一項第一号及び第五号に適合しないと判断したものであつて、そこになんらの誤認もない。

そして、右の事実認定自体すでにそうであるが、その認定の上に立つて免許をすべきかどうかの問題は、主として専門技術的な知識を要する判断事項であり、しかも現在の影響にとどまらず将来の予想をも含む微妙な判断事項であるから、本件却下処分の適否の審理に当つて、裁判所は、専門的技術を基礎とする行政庁の判断を相当の範囲において尊重すべきである。

なお、原告は、被告は東京急行電鉄株式会社の渋谷―長野線、東北急行バス株式会社の東京―仙台線等の長距離バスを免許するに当り、運行所要時間、運賃等につき、既設交通機関とくに鉄道との比較を全然していないのに、原告の場合これと比較して、原告の申請を適切でないと判断することとは不公平であると主張するが、被告は、これら長距離バスの免許に当り、既設交通機関の輸送力と輸送需要とのバランスを検討し、輸送力不足等の理由によりバス路線設定の必要性の認められる場合であつて、しかも運行時間、運賃、快適性、座席確保等の面において、あらゆる角度から鉄道等の既設交通機関との効用比較を行つた結果、全体を総合して、それらと劣らない計画を有する場合にのみ免許しているのであつて、この点の原告の主張は理由がない。

二、原告は、本件却下処分は当時の運輸大臣木暮武太夫が東京急行電鉄株式会社の開発計画に妨げとならないようにとの考慮から却下したものであると主張するが、本申請は、次に述べるような慎重な審査手続を経て、第一項記載の理由で道路運送法第六条第一項第一号及び第五号に適合しないと判断されて、却下処分となつたもので、原告の主張するような情実関係の介入する余地はない。

1、本件申請の処理概況は次のとおりである。

①昭和三一年六月一四日 群馬県知事による本件申請書の受理

②同月一九日 東京陸運局長による右知事から進達された右申請書の受理

③同月三〇日 道路管理者等関係行政庁に対する意見徴取照会

④同年七月四日 運輸大臣による右局長から進達された右申請書の受理

⑤同月五日 東京陸運局において本件事案の公示

⑥同月一一日 運輸大臣より聴聞の指示

⑦昭和三二年一〇月二八日 東京陸運局において聴聞

⑧昭和三三年三月一七日 東京陸運局の調査書作成

⑨同年七月二六日 運輸審議会に対する諮問

⑩同年八月一六日 官報告示

⑪昭和三四年三月六日 公聴会

⑫昭和三六年五月二六日 運輸審議会における最終審議

⑬同月三〇日 答申

⑭同年六月七日 運輸大臣処分決裁

2、一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請の審査手続は、重要事案(運輸審議会に諮問する事実)と軽微事案(諮問しない事案)とで、著しく趣きを異にするが、重要事案の審査手続の特色をなすものは、陸運局における聴聞と運輸審議会に対する諮問で、軽微事案については、かかる手続は要求されていない。(ちなみに、本件却下処分の行なわれた昭和三六年における重要、軽微別処分件数は、重要事案三〇二件に対し、軽微事案一、三三四件であつて、重要事案は全事案の僅か約一八・五%に過ぎない。)

陸運局における聴聞は、運輸大臣の指示に基づいて、陸運局長が申請者、利害関係人又は参考人の出頭を求めて行うもので、申請者からはその事業計画に関する説明等を、利害関係人からはその利害関係の内容及び申請事案に対する意見等を聴取し、その聴聞の概要は、陸運局の調査書とともに運輸大臣に進達され、免許の許否の判断の資料とされる。

また、運輸審議有に対する諮問は、運輸審議会が軽微なものと認めた事案以外のものについて行われるものであるが、諮問を受けた運輸審議会の審理方式には、次のような各種のものがある。

(イ) 審理官による公聴会審理

(ロ) 審理官による書面審理

(ハ) 運輸審議会の公聴会審理

(ニ) 運輸審議会の書面審理

(ホ) 運輸審議会の指名した委員による公聴会審理

(ヘ) 運輸審議会の指名した委員による書面審理

このように、運輸審議会の審理において公聴会審理がすべて要求されるものではなく、利害関係人の申請又は大臣の指示もしくは審議会の職権で開催すべきものとされているが、実状は、主として利害関係人の申請があつた僅かな事案についてのみ行われているのであり、昭和三六年における一般乗合旅客自動車運送事業の運輸審議会諮問事案一三六件中、利害関係人の申請による公聴会が行われ又は予定されているものは僅か二三件に過ぎない。

本件申請は、前記のとおり、聴聞、公聴会を経た重要事案として処理されたものであるが、正式手続の上で免許申請者が申請事案につき意見を述べ得るのは、聴聞及び公聴会の機会に限られるのであり、本件申請についての聴聞及び公聴会の模様は、次のとおりである。

3、東京陸運局における本件申請に対する聴聞は、次のとおり行われた。

(一) 出席者

東京陸運局旅客第一課長梶原清外三名

申請者側群馬中央バス株式会社社長岩崎半之助外数名

利害関係人日本国有鉄道関東地方自動車事務所長橋本錬太郎

同群馬バス株式会社取締役渡辺秀雄

同国土計画興業株式会社顧問山本広治

同草軽電気鉄道株式会社社長高木時雄

同東武鉄道株式会社自動車局次長井上徹夫

(二) 聴聞の内容

申請者側は、申請目的、事業計画、資金計画、年間取扱旅客数、収支見積、運賃及び他の事業者との関連いかんにつき陳述した。

当局側は、主として、

① 系統設定の根拠

② 需要量ありと見られる根拠

③ 所要時間

④ 期成同盟会結成の日

といつた諸点につき質問したが、これに対して、申請者側は、①については、太田は東京方面から旅客が集り、他方草津は全国的に有名なのに交通機関は乗換による不便が多く、渋川経由が幹線ではあるが、申請路線は幅員が広く交通量も少ないので、安全性があり、距離的にも時間的にも渋川経由と変らないと述べ、②については、太田から草津まで貸切バスを利用する旅客が相当多いという実績があるし、草津方面へでかける湯治客は数において多く、しかも湯治のため荷物を多く携帯しなければならないため乗換を嫌つている旨述べ、③については、現行バスの所要時間及び申請者が実際にバスを走らせて調査した結果五時間だつたと述べ、④については、昭和三一年一〇月三〇日である旨を述べた。

他方、原告の本件申請に反対する前記各利害関係人は、本件路線は、相当の山間区間を有し、迂遠の系路であり、また緊要性に乏しく、事業開始の必要性を欠き、いたずらに事業分野をみだすもので、既存の事業者に大きな影響を与えるものである旨述べた。

4、運輸審議会における本件公聴会は、次のとおり行われた。

(一) 日時 昭和三四年三月六日

(二) 場所 運輸省八階大会議室

(三) 出席者、公述人

運輸審議会 会長中島登喜治、委員岩村勝、同武田元、同青柳一郎、同加藤閲男審理官 二名

申請者側 群馬中央バス株式会社社長岩崎半之助外二名

利害関係人 群馬バス株式会社 専務取締役渡辺秀雄外三名、日本国有鉄道関東地方事務所長 白石梅男外三名、東武鉄道株式会社自動車局次長 井上徹夫外三名、草軽電気鉄道株式会社専務取締役 萩原栄治

一般公述人 申請事案に賛成の者太田市前市長堀越節義外一六名申請事案に反対の者群馬県議会議員安藤安次郎

(四) 公聴会進行順序

開     会 午前一〇時一〇分頃。

会 長 挨 拶 午前一〇時一〇分頃から午前一〇時一五分頃まで。

申請者冒頭陳述 午前一〇時一五分から午前一二時頃まで。

利害関係人公述

群馬バス 午後一時五分頃から午後一時三〇分頃まで。

国  鉄 午後一時三〇分頃から午後二時前頃まで。

東  武 午後二時前頃から午後二時一五分頃まで。

草軽電鉄 午後二時一五分頃から午後二時三〇分前頃まで。

審議会委員から申請者に対する質問及び応答

午後二時三〇分前頃から午後三時頃まで。

一般公述人の公述 午後三時頃から午後四時三〇分過ぎまで。

安藤安次郎は、そのうち約四〇分間公述。

申請者、利害関係人相互間の質疑応答

午後五時近くから午後五時三〇分頃まで。

申請者の最終陳述

午後五時三〇分頃から午後六時近くまで。

右公述において、申請者側は、申請要旨を述べた後公述書を朗読、説明し、利害関係人等は、いずれも本件申請に反対する旨の公述書を朗読、説明した。一般公述人の公述は、安藤安次郎を除き、いずれも本件申請を支持するものであつたが、その発言は、予め原告の方から配布されていた印刷物に基づいて行なつたもののようで、そのほとんどが利害関係人の公述内容に比して根拠薄弱なものであつた。これに対し、右安藤は、群馬県議会議員の立場から自己の公述書に基づき強く本件申請に反対する旨を述べた。

審議会委員から申請者に対する質問は、①乗車効率のよい区間、②平均時速、④需要度、④東京地区からの貸切バスの運行数とその経路、⑤群馬バス株式会社との運輸協定等について行われたが、申請者である原告は、①及び⑤の質問の答弁に窮する有様であつた。

また、申請者と利害関係人の質疑応答では、原告と群馬バス株式会社との間でかなり激しい応酬が見られた。

5、以上述べたような慎重な審査手続を経、本件申請を却下すべき旨の運輸審議会の答申を得て、被告は、原告の本申請を却下すべきものと決定したのであつて、そこになんらの不公正もない。

本件却下処分までに申請後数年の期間が経過しているが、それは審査手続が複雑で、関係機関が多岐に別れている上、本申請当時長距離系統の事例が少なく(昭和三一年から昭和三六年までの間に、東京陸運局管内で一〇〇粁以上の運行系統を有するいわゆる長距離バスで免許申請粁が五〇粁以上のものの処分件数をみると、昭和三一年が三件、昭和三二、三三年にはなく、昭和三四年に四件、昭和三五年に二件、昭和三六年に七件である。)、また既述のとおり、審査に当り種々の問題を包蔵する本件申請については、簡便迅速にこれをさばくことは困難であり、いきおい長年月を要したもので、多くの問題を含む長距離事案の審査については、この程度の審査期間を要することはやむを得ないところであり、昭和三六年中に処分のあつた東京陸運局管内の長距離事案七件(本件を含めて)のいずれと比較してみても、本件の処分が他より遅れてはいない。

のみならず、本件申請については、原告が政治工作をして運輸省事務当局に政治的圧力をかけたため、事務当局の意見を運輸審議会に対し述べるのを妨げられたことも、本件処分が延引した大きな原因であつて、本件処分の遅滞の責は原告の方こそ負うべきものである。

6、原告は、本件却下処分が木暮武太夫が運輸大臣のとき行われたことを理由に、同人が東京急行電鉄株式会社の利益のため、原告の申請を却下したものと主張するが、右主張はなんら具体的根拠を有するものでないばかりか、行政機構の上からいつても、また処分の専門技術的な内容からいつても、大臣の一存だけで、処分を左右することは不可能であつて、この点の原告の主張は、まつたくのいいがかりにすぎない。

ちなみに、木暮武太夫が運輸大臣在任中、同人がもと社長をしていた群馬バス株式会社から免許申請のあつた重要事案と目される四件の事案につき処分があつたが、そのうち免許になつたのは一件に過ぎず、残りの三件は却下となつている。

三、原告は、本件申請に対する審査手続のうち、特に運輸審議会の手続をとりあげ、これが適正でなかつたと主張するが、その理由のないことは、次に述べるとおりである。

1、運輸審議会は、運輸省設置法第六条第一項所定の事項につき、運輸大臣に対して、公共の利益を確保するために、公平かつ合理的な決定をなすことを任務として、運輸省に常置される機関であるが、その法的性格は、諮問機関であつて、国家行政組織法第三条第二、第三項にいう行政委員会でないことは勿論、処分庁たる大臣の意思決定に参与する参与機関でもない。

この運輸審議会を設置する目的は、道路運送法その他運輸行政に関する諸法律によつて運輸大臣の権限とされている事項のうち、ことに国民大衆に重大な影響を及ぼすもの、利害関係の錯綜するもの等についてなされる大臣(およびその補助機関たる事務当局)の判断が、政党その他の政治勢力の影響を受け、または行政庁職員の個人的意図によつて歪曲されることのないよう、非政党的な合議制の機関をしてこれを防止させることにあるものと解される。

従つて、運輸審議会の任務は、諮問事項について、広い経験と高い識見とにより、公益適合性の有無を判断することにあるものというべく、それに対して、専門技術的な判断をなすべきことは期待されていないのであつて、そのことは、運輸審議会委員の資格に、運輸行政に関する経験その他運輸に対する特別の専門知識を有すべきことを求めていないことからも明らかである。この意味において、運輸審議会は、専ら公共の利益の確保を企図すべきものであり、諮問にかかる事案の申請者その他の利害関係人の個人的利益の保護を直接の目的として機能すべきことは予定されていないものである。

2、次に、運輸審議会の構成について見てみると、運輸審議会は次官の外六名の委員によつて構成されるが、先に述べたとおり、法は六名の委員について「広い経験と高い識見」を要求するにとどまり、必ずしも運輸行政に対する専門技術的知識を求めてはおらず、実際も六名のうち三名までは運輸行政と無関係な官界、財界、法曹界から任命されるのが通例となつている。他面、運輸審議会の公正を維持するため、法は、委員の任命に両議院の同意を要件とし、委員の交代は毎年二名ずつ行うこととし、また厳格な身分保障、政治色の排除、兼職、兼業の禁止等を定めている。

運輸審議会の下部機構としては、直属の事務局はもたないが、運輸省大臣官房内に専ら運輸審議会のための庶務を掌る審理官室が設けられ、また委員の補佐機関として審理官が置かれ、審理官は運輸審議会の指揮監督を受けて、審議会の権限行使を補助するもので、大臣による指揮を受けることはない。

3、以上のような運輸審議会の目的及び構成は、その審理について、自ら次のような特色をもたらすこととなる。

(一) 審理の対象

運輸審議会は、運輸大臣の諮問に対して答申を行うものであるから、その審理の対象は、直接的には大臣の諮問であつて、当該諮問にかかる免許申請者の申請のごときは、いわば諮問の内容として間接的な対象となるに過ぎず、この点大臣の処分が申請そのものを対象とするのと趣きを異にする。

従つて、諮問者たる大臣が運輸審議会に対し諮問の内容を明らかにし、また答申に資するため積極的に資料を提出したり、意見を述べることは、なんら異とすべきものではなく、運輸省設置法第一三条第四、第五項、第二〇条第二、第三項(なお、第八条第二項)も、これを当然のものとする規定と解される。

(二) 調査機能

運輸審議会は、諮問事項についてその公益適合性を判断するものであつて、資料の収集を目的とする調査機関ではない。

ところで、行政機関には、通常裁断権能と調査権能が同時に結合して与えられるが、公正な裁断を確保するためには、両権能の分離が望ましいことは明らかである。運輸審議会の目的は、なによりも公正な判断にあるのであるから、調査権能は消極的であることが要請されるのであり、運輸省設置法も、右趣旨に出ているものとみられる。すなわち、同法によれば、運輸審議会の判断資料としては第一六条(公聴会)、第一七条(調査等)及び第二〇条第二項(関係各局の長の資料提出)所定の方法によつて得られたもの並びに当該事案の申請書等及び関係官庁提供資料(運輸審議会一般規則第一九条参照)等に限られており、自発的な現地調査等は何ら法は予想していない。

のみならず、運輸審議会の調査権能の制約は、現実の機構、予算等からも明らかである。すなわち、運輸審議会は、機構としては、前述のとおり七名の委員と数名の審理官を擁するにとどまるところ、審議会は年間三百数十件にも及ぶ事案の審理に追われる現状で、独自の調査権能を発揮することは期待できない。もし運輸審議会が独立かつ自発的な調査を行なうべきものとすれば、自動車のみならず、鉄道、海運、航空、港湾等運輸行政の全般にわたつて、運輸省の各原局に相当する厖大な機構を中央、地方に持たなければならないことになろう。

(三) 公聴会

運輸審議会の審理及び決定が公平かつ合理的な手続によつて行なわれるべきことはいうまでもないが、いかなる手続が公平かつ合理的であるかの判断は、行政作用の性質またはこれに係る個人の権利、自由の性質に応じてなされるべきであつて、司法手続に要請されるような厳格な手続を、形式的、画一的にすべての行政作用に求めることは、妥当な見解ではない。

公聴会は、前にも述べたとおり、諮問事実のすべてについて開催されるものではなく、実際の運用では、利害関係人の申請によつて開催される場合がほとんどであり、運輸大臣の指示または運輸審議会の職権による例は稀で、しかも、開催の申請は、免許申請者以外の利害関係人から出されている(昭和三六年における一般乗合旅客自動車運送事業免許の申請事案についてみると、公聴会申請二三件のうち、免許申請者以外の利害関係人のみの申請によるもの一二件、免許申請者及びその他の利害関係人の申請によるもの一〇件、免許申請者のみの申請によるもの一件となつており、実に二二件について免許申請者以外の者からの申請がなされている。)。すなわち、公聴会制度は、少くとも現在の運用においては、免許申請者以外の者、主として申請が免許になつた場合に影響を受ける既存事業者に対し意見陳述の場を与えるということに大きな意義を有しているのである。

ところで、免許申請者及び右の既存事業者などは、公聴会に利害関係人として臨み、免許申請書及び公述書に記載されたところに従つて公述するのであるが、この公述書等による公述が公聴会の相当の部分を占めるのが通例である。各利害関係人は、その公述書等の朗読説明により、あるいは質疑応答を通じて相互に自己の主張を展開することとなるが、運輸審議会としては、いわば第三者的立場に立つて、これらの公述等から申請内容の主たる目的、その効用、他に及ぼす影響等についての心証形成に努めるのであり、従つて、この席上運輸審議会委員もしくは審理官から発せられる質疑は、単に未だ明確ならざる事実を明らかにしようとする求釈明の域を出ないのであつて、書面により明らかな事実や、公述により自ら明らかにされた事実については、あえて質問を行なわないのが通常である。

これ要するに、公聴会の制度は、不利益処分に先き立つて、処分を受けようとする者に対し、弁明の機会を与えるために、行政庁が法的に義務づけられて行う聴聞(例えば、道路運送法第二五条の二第四項の聴聞)等とは根本的に異なるものであり、あくまでも、運輸審議会が免許申請者及びその他の利害関係人の公述するところを聞いて、心証形成に資するためのものであつて、免許申請者に対して申請内容の不適当な部分を指摘して弁明の機会を与えることを目的とするものではない。いわんや、この席上、その不適当な部分を変更せしめてなるべく免許が可能となるよう指導するなどの措置をとることは、法令上要求されていないのは勿論、行政運用上も否定されているところである。

(四) 大臣事務当局との関係

運輸審議会の審理の対象が運輸大臣の諮問であること、及び運輸審議会の調査権能には大きな制約があること等よりすれば、法は運輸審議会と大臣(事務当局)とが密接な連絡をとり、資料の提供、意見の聴取をなすべきことを予想しているものと解すべきことは、すでに述べたとおりである。

ところで、運輸審議会は、先にみたように、諮問事案についての公益適合性の有無を判断して大臣に答申するのであるが、申請事案に対する専門技術的判断は、これとは別に、大臣側においてなされるものである。そして、両者の判断は、運輸審議会の最終審議の直前に最終的な交錯の場をもつのである。すなわち、申請事案に対する判断は、専門技術的な見地からも検討されなければならないが、運輸審議会がその任を負わない以上、処分庁たる大臣側で、運輸審議会の公益適合性の判断と別個に、専門技術的判断をなすべきは当然であり、しかも、大臣側の専門技術的判断が運輸審議会にその答申前に明らかにされる機会を欠くと、答申が専門技術的見地よりして妥当性を欠き、大臣の尊重に値しないものとなることを防ぎ得ず、ひいては、運輸審議会の存在意義が失われるおそれが生ずることになるからである。法が、運輸次官を運輸審議会委員に加えているのも、上述のような見地から、運輸審議会と大臣事務当局との最終的な相互連絡と意思疎通を意図したからにほかならない。

4、以上みてきた、法の認める運輸審議会の目的、手続等より、本件申請に対する運輸審議会の審理過程をみるとき、そこになんらの不合理、不正もないことは明らかである。

(一) 運輸審議会の本申請に関する公聴会の模様については、前述したところであるが、法の定める方式に従い、一般の場合と同様の審理を尽したもので、なんの不公平もない。

右公聴会において、運輸審議会が答申において却下理由の一とした運賃問題については、群馬バス株式会社及び日本国有鉄道等の利害関係人より、基本賃率を三円より三円五五銭の適正額に値上げ是正して、既設交通機関とくらべると相当割高となる旨の公述があり、運輸審議会委員より、右適正賃率により修正した運賃表の提出が原告に命じられた(なお、原告はこれを提出していない。)外、詳細な質疑応答はなされていないが、公聴会における質問はすべての問題に言及するというものではなく、書面で明らかとなつた事実等についてはなされないのが通例であり、運賃についての申請者の意図は、賃率と粁程を二要素とする定型化された表現方法をとるため、輸送需要、収支見込等の基礎、計画の意図等の問題と異なり、運賃の適否は、運賃表の検討によつて明らかとなるので、この点の質疑が少なかつたもので、これをもつて、直ちに審理を尽さない答申とはいえない。

(二) また、公聴会開催後答申決定まで二年余を要したのも、原告の政治工作に基づく政治的圧力により、大臣事務当局側の意見を運輸審議会に開陳することを妨げられたことが主たる原因であり、その責は原告が負うべきものである。

(三) 原告は、本件答申は公聴会の速記録に基づいていないと主張するが、公聴会の速記録なるものは、裁判所の訴訟記録とは異なり、これに免許申請書、陸運局の調査書、聴聞概要報告書、各種意見書、陳述書、公述書等が添付されているわけではなく、その内容も、公聴会が主として予め提出された公述書に基づき公述される関係上、公述書朗読部分はその公述書を切りはりして速記に代えており、大部分は公述書と全く同一のものである。

運輸審議会委員は、各自公述書の配布を受けており、公聴会の席上公述書記載以外の事項が問題となつた場合は、これを公述書に「メモ」している関係上、最終審議において速記録に基づいて討議するというようなことは実際には少なく、その必要もない場合が多いし、委員の交替の場合には「メモ」つき公述書を引き継ぐことになつている。

そして、本件公聴会は、前記のとおり公述書の朗読に大部分の時間が占められ、質疑応答に当てられた時間は僅かであり、しかも、公述書記載以外の点は争点にならなかつたから、本申請に関する諮問についての最終審議にあつては、委員手持ちの公述書の外に、特に公聴会速記録を必要とする事情はなかつたのである。

(四) また、原告は、運輸審議会が現地調査をしなかつたことを非難するが、運輸審議会にはこれを行なう余裕がなく、また必ずしも行なうべき立場にないことは既述したとおりである。

大臣事務当局においては、本件申請についても、一般の例と同じく、陸運局において道路管理者及び都道府県公安委員会の意見を徴取した外、調査書作成に際して現地の陸運事務所に照会して事情の把握に努めたのであり、これらの資料は、諮問に当り運輸審議会に提出された。また、本件答申の直前、事務当局においては現地の陸運事務所を通じて現地の道路事情を再確認したのであり、この結果も答申に先き立つ事務当局の説明において運輸審議会に述べられている。そして、事務当局の調査としても、陸運事務所が実質的には陸運行政の第一線的機関で、現地の交通事情に最も精通しており、また道路管理者及び公安委員会は、それぞれ道路管理上及び交通保安上の観点から最も権威ある意見を表明し得るものであるから、これらの者からの意見徴取で十分であり、申請事案ごとに、現地調査を一般的に強いることは、現実の予算と人員の規模からも許されない(ちなみに、本件事案に最も関係の深い群馬県陸運事務所では、陸運管理行政を担当する輸送課において、課長以下九名、しかもそのうち四名は事務所全体の総括的事務に従事しているという構成で、貨物自動車関係を除く、旅客自動車関係だけで、年間約一万件にのぼる許認可、約四〇〇件にのぼる申請書の進達等の事務を処理し、かたわら「白タク」の取締り、事業者の監査、統計報告の徴取等にいたるまでその所掌事務としているのであり、その上部機関である東京陸運局自動車部旅客第一課及び運輸省自動車局業務部旅客課においても、事情はほゞ同様である。)。

(五) 以上見てきたように、運輸審議会における本件審理手続には、なんらの不公正(不公平、不合理)もない。

審理手続が公正に行なわれたかどうかの判断は、司法手続におけるような画一的かつ厳格な規準によるべきものではなく、運輸審議会のなす答申決定の性質(剥権処分に関するものであるかどうか等)、利害関係人の利益の性質といつたものを含めて、その他、運輸審議会制度の基底をなすわが国の歴史的経済的社会的地盤、わが国統治機構のすがた、運輸審議会の手続に参与する現実の人間の信頼性、公正性等といつた諸般の事情を十分勘案の上、具体的かつ柔軟になされるべきであり、顕著な不公正のない審理手続は違法とならないというべきである。

5、運輸審議会は、全委員の一致した意見で、原告の本申請事案につき、高崎、前橋、伊勢崎、太田の諸都市と草津とを結ぶ交通機関としては、申請路線によるよりも、既設交通機関の乗り継ぎによる方が運転時間、運賃等の面で便利であると考えられるから、申請事業の開始は緊要性を欠き、本申請は道路運送法第六条第一項第一号及び第五号に適合しないものとして、却下すべき旨答申したのであるが、運輸審議会の右認定は、次に述べるとおり、所謂実質的証拠によつて支持されるものであつて、答申には、内容においても瑕疵はない。

(一) 所要時間について。

運輸審議会は公聴会までに、原告の申請書と昭和三一年当時の時刻表とを対比して、前記東毛地区の諸都市から草津までの所要時間は、申請路線よりも既設交通機関による方が数十分短く、さらに目的地が吾妻町、川原湯、長野原の各地であれば、おおむね一時間前後既設交通機関の方が短縮されるものと認定していたが、公聴会における群馬バス株式会社、草軽電気鉄道株式会社、日本国有鉄道、東武鉄道株式会社等の公述によつても、申請路線は、渋川廻りの最短経路で太田―草津間を結んだバス路線よりも粁程にして二〇粁以上、所要時間で一時間以上迂廻となるものと認められ、申請路線は渋川廻りと比べ距離的、時間的に変らず、既設交通機関によるのと時間的に劣るところがないとの原告の主張は排斥された。

なお、答申時の所要時間についても、時刻表によつて、既設交通機関の優位性が認定されていた。

(二) 運賃について。

運賃については、申請書に添付された運賃三角表等によれば、申請が榛名町、大戸廻りという迂遠な経路をとりながら、しかも既設交通機関の運賃よりも高くならない様企図されたため、甚だ不合理なものとなつていると認定されたが、さらに、公聴会における群馬バス株式会社及び日本国有鉄道等の公述書によれば、改訂後の群馬県での粁当り新賃率によれば、太田―草津間の運賃は、最短経路を運行しても三五〇円であり、新賃率を申請路線に適用すれば、ゆうに五〇〇円を越すこととなつて、既設交通機関の運賃よりはるかに高額となるものと認められ、しかも、原告は、運輸審議会委員の質問に応えた上申書の中で、新賃率に換算する場合、既設交通機関との関係を考慮して不合理な運賃設定をしない旨明らかにしたので、申請路線は既設交通機関に比し、運賃においても劣るものと判断された。

(三) 道路状況について。

道路状況については、群馬県公安委員会の意見書により、本申請区間中の山間道路における事故は主に転落事故で、重量制限のある木橋が一五もあり、山間部の道路においては、自動車のすれ違い等のため待避所増設の要があると認められた上、草軽電気鉄道株式会社及び安藤安次郎の公述により、申請路線の延長部分の道路状況は渋川廻りのものよりも悪く、原告自身も公聴会で申請路線の道路の舗装部分は約一・五粁と述べていたことなどからして、申請路線は交通保安上の危険があり、既設交通機関と対比すると、これに劣るものと認定された。

(四) 輸送需要について。

原告の申請書における輸送需要の算定には合理的な根拠がなく、申請路線が右に見たように所要時間、運賃の面で既設交通機関に劣り、道路状況も長距離運行に適さないのであるから、既設交通機関に対する需要、とりわけ原告が大口需要とみなした前橋、高崎地区と草津方面の交流旅客が本件申請路線に転移するとはほとんど考えられず、公聴会において申請に反対した事業者全部が原告の推定に反論し、原告が運輸審議会の要求により提出した資料も、乗合バス旅客と異質の貸切バス旅客の輸送人員を合算して、申請路線の輸送需要を推定するものであつて、これらの事実を総合勘案して、原告の輸送需要の推定は過大であると認定された。

6、以上詳論したとおり、運輸審議会が本申請に対してした答申については、手続的にも、内容的にも何らの過誤も存しないのであるが、本来、運輸大臣は、運輸審議会の答申を尊重して処分をなすべき義務を負うにしても、法律上答申に拘束されるものではなく、自らの意思決定をして処分をするのであり、運輸審議会の手続と大臣の手続とは相互に独立した、別個固有の手続であるから、行政処分自体につき違法のかどのない限り、諮問機関たる運輸審議会の手続、内容に違法の点があつても、処分自体は違法となるものではないと解すべきである。

四、以上どの点からみても、被告の本件却下処分には違法はないから、原告の本訴請求は理由がないものとして棄却さるべきである。

第六、被告の主張に対する原告の反駁

一、被告は、原告の申請路線が所要時間、運賃、道路状況等の面で既設交通機関に劣る旨主張するが、その理由のないことは、次のとおりである。

1  所要時間について。

(一) 原告は、本申請をなすに当り、既設交通機関による場合の所要時間を調査したが、その結果は別紙第二記載のとおりであり、これと対比すれば、申請路線は所要時間の点で既設交通機関に劣るものではない。

(二) 被告は、申請路線を計画どおり五時間で走行することは困難であると主張するが、本訴における検証の結果では、申請路線を四時間三五分で走行しているのであつて、被告の主張が誤りであることは明らかである。被告は、検証に使用された車輛及び運転者の技術が優秀であつたため、かかる短時間で走行できたというが、当日の運転者が走行時間を左右する程の優秀者であつたわけではなく、また次の事実からも被告の主張は不当である。即ち、申請時に現に運行していた乗合バスのダイヤと検証の際の運行時間とを対比すると次のとおりである。

区間 既設ダイヤ 検証所要時間

太田駅前―県庁前 六五分 六八分

(停留所二二ケ所) (停留所一四ケ所)

県庁前―高崎駅前 三〇分 二二分

(停留所二二ケ所) (停留所五ケ所)

高崎駅前―大戸 一〇〇分 八九分

大戸―草津 一二〇分 九〇分

計 三一五分 二六九分

(註) 既設ダイヤは、太田駅前―高崎駅前間は原告、高崎駅前―大戸間は群馬バス、大戸―草津間は東武バス及び国鉄バスの各申請時における運行ダイヤによる。また検証所要時間が四時間三五分以下となるのは、本表では、休憩時間及び橋の検証等に用いられた時間が含まれていないことによる。

ところで、既設ダイヤにおいて現実に運行に供されていたのは、板バネ付小型老朽車で、これを現在の板バネ付大型車と比べれば、速力その他の点で劣ること明らかであり、既設ダイヤと検証時の差異は、板バネ付と空気バネ付との違いによるというより、老朽車と新鋭車との違いによるのであつて、しかも、その時間の差は、前記の程度にすぎないことよりすれば、板バネ付と空気バネ付との差は、被告の主張するような大きなものとは考えられない。そして、老朽車によつても、申請路線を申請当時三一五分で走行していたのであるから、原告が申請書に記載したように当時の最新型車輛によつて、この間を五時間(三〇〇分)で運行するとしたことには十分合理的な根拠があるわけであるし、その上、申請書においては、申請時の最新型車輛を使用するものと計画していても、免許までに時日が経ち、免許時にはさらに新型の車輛がでているときは、これを使用することが業界の慣行でもあり、被告においても従来奨励してきたところであるから、これを考慮すれば、申請路線を五時間で走行できることは明らかである。

2  運賃について。

(一) 申請時における既設交通機関による場合の運賃と申請路線の運賃とを対比すると、別表第三記載のとおりで、申請路線の方が劣ることはない。

(二) 自動車運送事業の運賃は、事業の免許とは別に、その設定、変更について運輸大臣の認可を受けることになつている(道路運送法第八条)が、従来の取扱例によれば、申請に多少の不備があつても、被告においてこれを修正して認可していたのであり、原告の場合でも、昭和三〇年一一月二一日付で前橋―太田間を館林まで延長する一般乗合旅客自動車運送事業を免許するに当り、被告は新路線区間に関する運賃算定に不備があるとして、原告に修正を指示した上、昭和三〇年一二月一三日付で運賃設定を認可したこともあるのであつて、本申請事業における運賃設定に多少の不備があつたとしても、被告は従来の取扱例に従い、原告にその修正を指示すべきであり、そのことを理由にただちに本申請を却下することは不当である。

3  道路状況について。

被告は、原告の申請路線中山間部は乗合バスの運行に適しないと主張するが、これらの区間に原告の本申請以前から、高崎―大戸間には群馬バス、大戸―吾妻町間には東武バス、吾妻町―草津間には国鉄バス等がそれぞれ定期運行しており、また山間部に重量制限のある木橋が八箇所あるが、右定期バスは、この上を車掌の誘導も除行もないまま通行している現状であつて、これら定期バスと型を同じくする原告のバスのみ運行が不適当であるということは、合理的な根拠のない主張である。

しかも、申請路線中の高崎―榛名町―吾妻町間と既設交通機関の運行する前橋―渋川―吾妻町間との昭和三六年度事故件数をくらべて見ると、前述のとおり、前者が三四件であるのに対し、後者は二六〇件であつて、申請路線が危険であるというのは、全く誤つた見解といわなければならない。

4、輸送需要について。

被告は、既設交通機関の方が、所要時間、運賃、道路状況等の面で申請路線より優位であるから、旅客は既設交通機関を利用し、申請路線を利用することは少いものとして、原告の輸送需要の推定は過大であると主張するが、所要時間、運賃、道路状況等で既設交通機関の方が優るという前提自体が誤つたものであることは、既に述べたとおりである。

ところで、被告は本件において乗換、乗継を不便としないようであるが、誠に不可解な見解というべきであり、最近長距離直通バスが急増し、その原因は、旅客が所要時間、運賃等の面で多少は不利であつても、目的地まで乗換なしで直通できる方を好むことになると考えられることよりすれば、被告主張とは反対に、旅客は乗換、乗継の多い既設交通機関よりも、直通の申請路線の方を選ぶことは明らかである。

その上、申請当時以来、太田市、伊勢崎市とその周辺に、相当数の従業員を擁する各種工場等が遂年増加し、草津を訪れる観光客も急増しているのであつて、このことも、申請路線の利用者の推定につき当然考慮されなければならない。

これらの事実を総合して算定した原告の輸送需要の推定は、決して過大なものではなく、この見込を誤つた場合には、直ちに事業経営に影響することになるから、原告としては最も確実と認められる数を算定したものであり、本申請は輸送需要に対し適切なものというべきである。

5、事業分野について。

被告は、本申請について事業分野を云々するが、原告の生命線ともいうべき既免許路線前橋―太田間について、被告は、原告の反対を押し切つて、昭和三〇年一一月二一日付で東武鉄道株式会社に免許を与え、一路線二営業としたことがあり、また東京急行電鉄株式会社に対し、渋谷―高崎―軽井沢―長野原を免許したが、右区間については、東武鉄道株式会社、群馬バス株式会社、千曲自動車株式会社、長野電鉄株式会社、川中島乗合株式会社等多数の既免許業者が路線権を有し、一般乗合バスを運行していたのに、右免許に当つては、東京急行電鉄株式会社と既存業者間の運輸協定、事業分野のことはなんら問題とされていないのであつて、本件についてことさら事業分野の問題を取り上げることは不当である。

二、被告は、長距離直通バスについて多数の免許をしているが、これらの事案に比し、原告は不当な差別的取扱を受けている。

1、被告は、先に述べたとおり東京急行電鉄株式会社に対し、渋谷―高崎―軽井沢―長野線を免許し、また東北急行バス株式会社に、東京―仙台、東京―山形、東京―会津若松間を免許しているが、これら区間には日本国有鉄道の汽車をはじめ、多数のバス事業者がバスを運行しているのに、被告はこれら大企業に対し免許する場合に、所要時間、運賃等につき、既設交通機関とくに汽車との比較を全然しなかつた(所要時間等につき、バスと汽車とを比較すれば、バスが劣ることは明らかである。)のに、中小企業の原告の本申請については、もつぱら汽車の比較で所要時間、運賃等の面で劣ると判断しているのであつて、明らかに不公平である。

2、また、道路状況、輸送需要についても、例えば、前記東北急行バス株式会社の免許申請に対し、運輸審議会は、今後、道路の整備舗装とともに所要時間の短縮、快適度の向上が期待され、また両地域及び沿線各都市間の交通旅客の増加傾向と相いまつて、輸送需要の伸張が予想されるので、本件事業は、将来性のあるものと考えられるとして、免許を適当とすると答申し、被告はこれに基づいて免許しているが、原告の申請路線につき、道路の改修整備が急速に進行していることは被告の自認するところであり、また草津への旅客が近年急増していることも明らかな事実であるのに、被告は原告の本申請の審査に当つては、道路整備の進捗、輸送需要の将来性について、なんらの考慮をも払つていない。

3、また、事業分野の判断についても、被告が大企業と中小企業の原告とを差別していることは、前述のとおりである。

三、運輸審議会の公聴会において、審議会委員からの質問は、輸送需要(年間取扱旅客数)算定の根拠、運輸収支算定の根拠、乗務員勤務計画の三点についてなされただけで、答申の理由とされた既設交通機関との所要時間、運賃等の比較の点は全く問題とされず、原告は公聴会の状況よりして免許すべき旨の答申があるものと期待し、答申の理由となつた点について、運輸審議会の疑点をとくための主張と証拠を提出する機会を与えられないまま本件答申を受け、また被告からも、かかる機会は与えられておらず、しかも、被告が自認するとおり、運輸審議会は、事務当局の本申請を却下すべき意見を聞いて、本件答申に出たもので、運輸審議会は、自由な心証により事実を判断して決定した(運輸審議会一般規則第二七条)ものといい得ないことは明らかであり、原告は、運輸審議会に対し、十分の主張と証拠の提出をし、これにより運輸審議会が事実を正確に認定して、決定をし、被告がこれを尊重して処分をすることを求める法的利益を侵害されたものといわざるを得ない。

第七  証拠関係≪省略≫

理由

目 次

第一  本訴の適否について

第二  本件却下処分の適否について

一  序説

二  一般乗合旅客自動車運送事業の免許の性質

三  一般乗合旅客自動車運送事業の免許手続

1、陸運局長の聴聞

2、運輸審議会の公聴会

(一)運輸審議会の性質

(二)公聴会等の手続

3、運輸審議会と大臣の直属部局(運輸省内部部局)との関係

4、運輸審議会の審理手続の瑕疵と処分の効力

四  本件却下処分の手続(その一)

1、公聴会開催まで

2、公聴会の状況

3、公聴会から本件処分まで

4、審理手続の適否

五  本件却下処分の手続(その二)

1、木暮武太夫関係

2、運輸省関係

3、公正の保障

六  被告が本訴において主張する処分理由について

1、被告が本訴において主張する処分理由と当裁判所の審理の範囲

2、既設交通機関について

3、所要時間について

4、運賃について

5、道路状況について

6、輸送需要について

7、事業分野の混乱について

第三  結論

第一、本訴の適否について

一、序説

問題は、原告が本件却下処分に対し訴願を提起しないままで、直ちに出訴したことについて、正当の事由があつたかどうかということである。

行政処分の取消しを求める訴えは、原則として訴願の裁決を経た後でなければ、これを提起することができないものとする行政事件訴訟特例法(この法律は昭和三七年一〇月一日行政事件訴訟法の施行と同時に廃止されたが、同法附則第四条により、本訴については、旧行政事件訴訟特例法第二条の規定が適用される。)第二条の趣旨は、行政処分の適否が問題とされたときは、まず行政機関の内部においてこれを再審査すべきものとすることが、行政権の自己統制及び行政監督の実をあげる上に適切であり、ひいては、司法権の負担を軽減することにもなるということにあるものと解される。その意味において、かような制度を採用することについて、一応合理的な理由がないわけではないが、他面、我国の現行法制のように、行政処分の適否を原則としてすべて司法審査に服させることとしている場合に、出訴の要件として、いわゆる訴願前置主義を採用することは、それだけ裁判所による救済の時期を遅らせることとなると同時に、訴願手続を経由しなかつたことによつて出訴の機会そのものを奪う結果を招来することも少なくないことは否定し得ないところである。従つて出訴の要件として訴願前置主義を採用する以上、訴願前置主義がその本来の効用を発揮すべきことが期待されている場合に、訴願手続を経由しないことによつて、出訴が妨げられる結果となることはやむを得ないところであるが、訴願前置主義が、その本来の効用を発揮すべきことが実質的に期待されているとは認められないような場合に、いたずらに訴願前置の要件を形式的に適用して、国民に無用の負担を課し、出訴の機会を狭めることは、行政処分の適否をひろく司法審査に服させることとする制度の趣旨にそわないものであり、同条但書が正当の事由がある場合には訴願の裁決を経ないで出訴ができることとしている根本的な理由もこの見地から出たものと解される。それ故訴願の裁決を経ていないことが出訴の妨げとなるかどうか、換言すれば、訴願の裁決を経ないことにつき正当な事由があるかどうかは、主として、問題の行政処分の性質、処分機関の構成、その手続等の点から考察して、当該処分に対する出訴につき訴願手続を経由させることが、訴願前置主義の本来の効用にかんがみ、実質的に相当とされ、期待されていると認められる場合に当るかという観点からこれを判断するのが相当である。

(なお、訴願等の行政救済手続は、司法手続に比し簡易かつ迅速であるから、行政処分の取消訴訟の提起にあたり、訴願裁決を経べきこととすることは、直接国民の利益にもなるものとし、この見地から出訴の要件としての訴願前置主義の存在理由を説明する見解もないわけではない。しかし、そもそも、あらゆる行政救済手続が司法手続に比し国民の利益の保護、救済の手続として簡易迅速なものであるかどうかということ自体も、一律観念的に決せられるものではなく、個々の行政処分につき、その実態の究明に基づき具体的に判断さるべきものと思料されるのであるが、仮りに、一般的に行政救済手続が簡易かつ迅速であつて、国民にとつて便宜なものであるとしても、単に国民の利益の保護救済という観点からいえば、行政救済手続をとるか、直ちに出訴するかの選択権を国民に留保すれば足り、必ず行政救済手続を経べきものとして、これを出訴の要件としなければならない必要性はないわけであるから、訴願制度が簡易迅速な救済手続として国民の利益の保護、救済に役立つということだけで、出訴の要件としての訴願前置主義の存在を理由づけることができるとは考えられず、かような理由づけに基づき訴願前置主義を厳格に貫ぬく立場に立つて、同法第二条但書にいう正当の事由に当る場合を不必要に狭く解することは、まつたく理由のないことといわねばならない。)

二、以上のような観点から、本件却下処分につき、訴願裁決を経なかつたことにつき正当な事由があるかどうかを検討する。

当事者間に争いのない事実と(証拠―省略)とによれば、本件却下処分の経過は次のとおりであつたと認められる。

原告は、昭和三一年六月三日付で、被告に対し、既免許の太田―高崎間の路線を草津まで延長して、太田―草津間を運行系統とする一般乗合旅客自動車運送事業の免許の申請をしたところ、被告は昭和三二年一〇月二八日東京陸運局長に聴聞を行わせ、原告及び原告の申請事業に利害関係のある群馬バス株式会社等より、原告の申請に対する意見を徴した後、昭和三三年七月二六日原告の申請につき運輸審議会に諮問し、運輸審議会は、昭和三四年三月六日自ら公聴会を主宰して、原告、利害関係人、一般公述人等より意見を聞いた上、昭和三六年五月三〇日原告の申請を却下すべき旨被告に答申し、被告は、同年六月七日付をもつて原告の申請を却下する旨の処分をした。そこで、右認定の事実に基づき考察してみると、元来、訴願前置主義がその本来の効用を発揮し得るのは、処分庁と訴願裁決庁とが異なり、または処分手続が簡便であつて、訴願裁決手続においてはじめて被処分者その他関係人に実質的に処分に関与する機会が与えられる等の事情から、原処分の段階では、最終的に責任を負う行政庁の、十分慎重な、最終的な意思が形成されたとは認められない状態にあり、なお、原処分庁と異なる別個の行政機関や当事者の関与を認められたいつそうてい重な手続に訴えて、再考慮に基づく行政部内での最終的意思決定を求める余地があると考えられるような場合であるところ、前認定の経過によれば、本件却下処分は、原告その他関係人の関与の上、第三者的機関である運輸審議会の調査、審理を経てなされたものであり、右処分に対する訴願裁決手続は、右処分手続以上に原告その他関係人の関与が認められているものではなく、しかも、被告は右処分に関し、最上級の行政機関であつて、訴願裁決庁たる地位にもあるのみならず、後に判断するように、運輸審議会は、形式上は被告運輸大臣の諮問機関ではあるが、本件のような免許の許否等についての審議、答申に関するかぎり、実質上、いわゆる参与機関としての役割りを果すべきことが期待されており、運輸大臣は、運輸審議会の答申を尊重して必要な措置をとらなければならないこととされている(運輸省設置法第六条第一項、第七条第二項。なお、この規定の趣旨が、運輸大臣は、運輸審議会の答申が明らかに証拠判断を誤り、または法律を誤解していると認められるような場合を除き、その答申にそつて処分内容を決定すべきことを求めているものであることも後に判断するとおりである。)ことから考えれば、前認定のような手続を経てなされた本件却下処分は、所管の最上級行政庁の最終意思決定に基づく処分と認めるのが相当であつて、原告がこれに対し訴願を提起することが無意味と考えたことは、まことに、無理からぬことといわねばならない。

そればかりでなく、本件却下処分は、原告の免許申請後約五年もの長期間を経てなされたものであり、本件に直接関係ある事案ではないが、原告が他の路線について被告がした一般乗合旅客自動車運送事業の免許に関する処分につき訴願を提起したところ、被告は、五年近くも経過した後、訴願を棄却する旨の裁決をしたことがあるとの事実は、当事者間に争いないところであり、この点から考えても、長年月を経て却下処分を受けた原告に対し、その上さらに無益と考えることがもつとも認められる訴願手続を経由すべきことを出訴の要件として強要することは、訴願前置主義をいたずらに形式的に適用して、国民の出訴の機会を不当に狭めるものとの非難を免れないものといわねばならない。

以上の諸点から考えれば本件却下処分の取消しを訴求するにつき、訴願の裁決を経べきことを求めることは、訴願前置主義がその本来の効用を発揮すべきことが期待されている場合に訴願手続の経由を要求するものということはできず、かえつて、訴願手続を経由することが無意義、不合理と認められる場合に、ただいたずらに、原告の出訴につき無用の負担を強いるに過ぎないものといわざるを得ない。

よつて原告は、右却下処分につき、訴願を提起することなく本訴を提起したことにつき正当の事由があるものと解するのが相当である。従つて、本訴を不適法とする被告の主張は採用しない。

第二、本件却下処分の適否について。

一、序説

国民の基本的人権は、公共の福祉に反しない限り、国政の上で最大の尊重を必要とする(憲法第一三条)ものであるが、国民の権利、自由の保障は、これを主張し擁護する手続の保障と相いまつて初めて完全、実質的なものとなり得るのであるから、国民の権利、自由は、実体的にのみならず、手続的にも尊重されなければならないことは当然であつて、この憲法の規定は、同法第三一条と相いまつて、国民の権利、自由が、実体的にのみならず手続的にも尊重さるべきことを要請する趣旨を含意するものと解さねばならない。そればかりでなく、そもそも、行政の作用は、国民の政府に対する信託に基づくものであつて(憲法前文参照)、行政の掌にあたる公務員は、全体の奉仕者として、誠実にその事務を処理する義務を負うものといわねばならない(同法第一五条参照)。

これらの点から考えれば、行政庁が国民の権利自由の規制にかかる処分をするにあたつて、現行法制上なんらの手続規定がなく、またはこれが簡略なものであつて、いかなる手続を採用するかを一応行政庁の裁量に委ねているようにみえる場合でも、この点に関する行政庁の裁量権にはなんらの制約がないものと解することはできない。けだし、この種の処分が具体的、個別的事実の認定に基づき行わるべき場合に、事実認定の過程において行政庁の恣意、独断が介入するときは、法の趣旨にそう適正な処分が行われることは期待し得ないとたろであるから、処分の掌にあたる行政庁は、できるかぎり、恣意、独断の介入する余地のないような手続によつて処分を行うよう配慮すべきことは当然であり、この限りにおいて、いかなる手続を採用すべきかについての行政庁の裁量権には一定の制約があり、国民は、恣意、独断を疑われることのないような手続によつて処分を受くべき手続上の保障を享有するものといわねばならない。また、この種の処分が行政庁の裁量判断に基づいて行われる場合、処分の掌に当る行政庁は、法の趣旨からして本来考慮に加うべからざる事項を考慮(以下本件において、これを「他事考慮」という。)して処分を行つてはならないことは当然であるから、行政庁は、できるかぎり他事考慮を疑われることのないような手続によつて処分を実施する義務があり、この点においても、いかなる手続を採用すべきかについての行政庁の裁量権には制約があるのであつて、国民は、他事考慮を疑われることのないような手続によつて処分を受くべき手続上の保障を享有するものといわねばならない。

とくに、行政庁が処分の要件事実の認定、処分内容の選択、処分をするかどうかの決定を下すにあたつて、その専門技術的知識、経験ないし公益上の裁量判断によることが必要とされるような行政処分については、行政処分の適否が原則としてすべて司法審査に服すべきものとされている我憲法の下においても、裁判所は、処分が適正な手続によつて行なわれたものと認められるかぎり、行政庁のかような知識、経験に基づく判断を尊重せざるを得ず、その限りにおいては、司法審査が及び得ないこととなり、それだけに、この種の処分は、その手続の過程において、行政庁の恣意、独断ないし他事考慮が介入しやすいものであり、しかも、国民の側から証拠をもつてこれらの介入を断定的に証明することが極めて困難なものである。従つて、この種の処分について、裁判所が処分の手続過程の適否の審査を放棄する場合はもとより、手続過程の適否につき審査の目を及ぼす場合においても、処分を受けた原告側において恣意、独断ないし他事考慮の介入を断定的に主張立証すべきものとする方式により司法審査を行うときは、国民は、結局、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことがもつともと認められるにかかわらず、これらの介入を断定する決め手を持たないような行政庁の裁量判断の結果を裁量権の行使の名の下に、受忍すべきことを強いられる結果とならざるを得ない。従つてこの種の処分については、処分の手続過程の司法審査ということが重視されなければならないと同時に、その審査の方法は、処分を行つた被告行政庁の側において、処分の手続過程が、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことがいわれのないと認められるような手続により行なわれたものであることを主張、立証すべきものとする方式により行なわるべきものであつて、司法審査の対象は、処分庁が現実に行つた手続過程が、裁判所の客観的判断に照らして、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことが客観的にいわれがないと認められるようなものであるかどうかということにあるものと解さねばならない。この意味において、国民は、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことが客観的にもつともと認められる手続によつて処分を受けることのない法的利益の保障、換言すれば、これらの介入を疑うことが客観的にいわれがないと認められる手続により処分を受くべき法的利益の保障を享有するものと解すべきであり、かく解することが、国民の権利自由を実体的にのみならず手続的に保障しようとする憲法の趣旨にそうものといわねばならない。

ただ、司法作用が原則として事後救済の役割を果すべき消極的な国家作用であるに対し、行政作用は、公益目的実現のための積極的な国家作用であり、事情の変化に迅速に適応することが要求されるところから、その手続に、司法手続におけると同様の厳格さとてい重さを要求すべきではないことは当然であつて、英米におけるように、自然的正義(Natural justice)なして手続的適正手続(Procedural due process)の原理の発展がみられず、行政委員会制度の発達とこれを背景とする諸原則の展開が見受けられないわが国の現状において、前述の、恣意、独断ないし他事考慮を疑うことが客観的にいわれがないと認められる手続なるものの内容が、現実、具体的にいかなる手続を指すものであるかを決定することは、極めて困難な問題であり、結局、いかなる手続がこれにあたるかは、当該行政処分の目的、性質、これによつて規制を受くべき権利、自由の性質、処分の形成のために特別の機関や手続が設けられている場合には、その機関や手続の性質、その機関が果すべき正当な役割り、その手続の運用の方法についてのあるべき姿等その他一切の具体的事情をしんしやくして、手続の全過程を検討することによつて各個の場合につきこれを決定するほかはない。

これを本件についていえば、まず、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否に関する処分の性質を、憲法の保障する営業の自由の規制に関する処分と解する場合には、これを、本来国家に独占さるべき事業についての特許(ないし恩恵の付与)に関する処分とみる場合に比して、その手続がいつそう公正かつてい重なものでなければならないことは当然である。もつとも、かくいつたからといつて、恩恵の付与に関する処分については手続の公正という観点がまつたく無視されてよいこととなるものではなく、恩恵の付与に関するような処分についても、多数の申込者のうちから、具体的、個別的事実の認定に基づいて、小数特定の適格者を選定する必要があるというような場合には、手続の平等、公正の保障ということが重視されなければならないことはかわりはないわけであるが、本件の場合のように、一応多数の同種の処分の取扱上の平等、公正という観点を離れて、当該特定の処分のみについて、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑われることがいわれがないと認められる公正な手続がいかにあるべきかを考察する場合には、右処分の性質を営業の自由の規制に関する処分と解するかどうかは、重要な意義を有することは否定し得ないところである。さらに、本件却下処分は、前述のように、所轄陸運局長による聴聞手続、運輸審議会による公聴会の手続、その結果に基づく答申を経て被告大臣によつて最終的に決定されたものであるが、これらの各段階における手続の果すべき役割り、とくに運輸審議会が単なる諮問機関の性質をもつものであるか、それとも実質的にいわゆる参与機関としての役割りを果すべきことが法の趣旨から期待されているものとみるべきかどうか、公聴会の手続が、委員会の公益裁量に資するために、単に利害関係人に意見を陳述させる機会を与えるためのものであるか、それとも、事実認定の公正を保障するために、問題点につき主張立証の機会を与えるためのものとみるかどうか、大臣が運輸審議会の答申を尊重すべきものとされていることの意義いかん、運輸審議会に独立公正な機能を営ませるために大臣及びその直属部局と審議会との関係がいかにあるべきか等の諸点を究明することは、本件却下処分について、恣意、独断ないし他事考慮を疑うことがいわれがないと認められる手続がいかにあるべきかを決定するについて重要な手掛りとなるものである。そればかりでなく、処分を決定した大臣やその直属部局の重要な職員が、本件免許を申請した原告会社に反対の利害関係にある同業の事業者といかなるつながりを有するかというようなことですらも、原告が、恣意、独断ないし他事業考慮を疑うことがもつともかどうかを判断するについて、一応考察することを怠ることのできない事情の一つとしてあげなければならない。

そこで、以下の判断においては、以上のような諸点を究明することによつて、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否等を決する処分について、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことが客観的にいわれのないと認められるような手続なるものがいかにあるべきかを明らかにした上で、これと対照することによつて、被告が本件却下処分を行うについて実際にとつた手続が、恣意、独断ないし他事考慮を疑うことが客観的にいわれがないと認められるような公正な手続というに値するものであるかどうかを考察することとする。

二、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の性質

1、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否に関する処分の性質を、憲法の保障する営業の自由の規制に関する処分と解するかどうかは、公正な、恣意、独断等を疑われることのない手続がいかにあるべきかを決定する上において、重要な関係があることは、前述のとおりであるから、まず、右処分の性質について検討する。

従来、自動車運送事業の免許は、いわゆる公企業の特許にあたるものとされ、公企業の特許とは、国の独占に属する国家的事業の経営権を国民に付与する行為であると説明されていた。

道路運送法によれば、一般乗合旅客自動車運送事業の免許を受けようとするものは、運輸大臣の免許を受けなければならないものとされ(第四条)、運輸大臣は、免許申請について、事業の公益上の必要、成否の見込、申請者の事業経営能力等について審査しなければならず(第六条第一項)、免許を受けた者は、事業を公共の福祉に従い適正に(第九条、第三二条第一項ないし第三項、第三三条第一項等参照)経営、遂行する義務を負い(第一九条第一項、第三六条、第三八条乃至第四二条等参照)運輸大臣の積極的監督に服する(第八条第一項、第一八条、第一九条第二項、第二五条、第三二条第四項、第三三条第一項、等参照)とともに、他面、国によつて経営権を保護され(第七七条参照)、いわゆる公用負担特権(土地収用法第三条第九号)が付与される等の特典を取得するものとされる。

これらの規定を、同じく営業の開始につき行政庁の許可を受くべきものとされている古物営業、質屋営業等に関する法規と対比すれば、後者に関する規定が公共の秩序維持という消極的観点よりおかれている(古物営業法第四条、質屋営業法第三条等参照)のと異なり、一般乗合旅客自動車運送事業の免許においては、事業の公益上の必要性、事業の成否の見込、事業経営能力等の点が積極的に審査され、免許を受けた者には、一般事業者には課せられない事実実施の義務その他の特別の義務が謀せられると同時に、一般事業者に与えられない特典が付与されるのであるから、これらの相違点に着目して両者を区別する趣旨で、古物営業、質屋営業等の許可を警察上の営業許可と呼ぶのに対し、一般乗合旅客自動車運送事業の免許、ないしこれと同性質のものを、まとめて公企業の特許と呼ぶこと自体については、それだけの合理的根拠があることを否定すべき理由はないであろう。

しかし、当裁判所の見解によれば、両者の区別も、憲法第二二条第一項にいう営業の自由の保障の観点、とくに、営業の自由の保障は、この自由を主張し擁護する手続の保障と相いまつて初めて完全かつ実質的なものとなり得るとの見地において、これを考える場合には、両者の間に本質的な区別が存在するとは思われない。けだし個人(若しくはその集団組織)が生活を維持し幸福を追求する手段として、古物営業、質屋営業、等を選ぶことが原則として自由でなければならないことは、同じ手段として一般乗合旅客自動車運送事業を営むことが原則として自由でなければならないのと本質的に異ならないのみならず、たとえば硬貨の鋳造、銀行券の発行等のように、その性質上当然に国家の独占とさるべきものあるいは、郵便、電信電話事業のように公共的見地から、また専売事業のように国の財政収入の目的から、現行法制上(郵便法第五条、たばこ専売法第二条等)国家独占とされているものは別として、一般乗合旅客自動車運送事業のように、かような明文の規定の存しない事業までも、法的意義において国家独占事業として国の独占権に本来留保されているものと解すべき根拠はどこにも見出すことはできない(沿革的にみても、大正八年内務省令第一号自動車取締令の下においては、自動車運送事業については、警察上の営業許可の定めしかなかつた。)。従つて、一般乗合旅客運送事業に関する前記の規定は、事業がその性質上国の独占事業であつて、免許を付与するかどうか、及びこれを付与する要件、手続は、憲法第二二条第一項の規定とは無関係に、国家が法律をもつて自由に定め得るとの見地から定められたものと解すべきものではなく、かえつて、右諸規定は、この種の事業も、本質的には、憲法の右規定により、原則として何人もこれを選択することの自由が保障された営業に属することを前提としつつ、それが憲法自らも予定する公共の福祉の要請により、制限され、規制を受けている一つの場合と考えるべきであり、(その意味においては、警察上の営業許可と本質を一にするものと解して妨げがない。)。ただ、一般乗合旅客自動車運送事業のような事業は、警察上の営業許可にかからしめられている営業に比べて、公共の福祉に、より密接な関係を有するところから、警察上の営業許可が、警察目的のため一旦法令によつて一般的相対的な禁止を加えた自由を回復させるにすぎないのに対し、いわゆる公企業の特許は、かかる禁止の解除とともに、免許を受けた者に対して、事業遂行の義務その他の負担を課し、かつ、これに特別の恩恵を付与するものであり、このため、立法の体裁が、一般の警察許可の場合には、公共の福祉の見地から国民の自由を制限すべき要件を定めるという見地において(従つて自由を制限すべき要件に該当しないかぎり原則として許可を与えるべきものとする体裁において)立法されているに対し、いわゆる公企業の特許と称せられるものについては、免許を受けた事業者が特別の負担を課せられ、特別の恩恵を付与されることとなることにかんがみ、主として、免許の付与が恣意にわたらないようその要件を定めるという見地において(従つて特別の義務を遂行し、特別の恩典を受けるに値しないものにみだりに特許を与えてはならないとの体裁において)立法がなされているという相違があるに過ぎない。この見地から考えれば、事業の性格上当然国家に独占さるべき性質のものを除き、一般の警察許可といわゆる公企業の特許と称せられるものの区別は、要するに時の立法政策に基づく技術的、相対的な法規制上の区別にすぎないものであつて、憲法第二二条の関係、とくに手続的保障の関係においては、この区別は本質的なものではないと解さねばならない。

以上のところから明らかなとおり、一般乗合旅客自動車運送事業の免許は、本質的には憲法第二二条第一項の営業の自由の規制にかかわるものであつて、運輸大臣は、免許の申請が、道路運送法第六条第一項所定の免許の基準に適合しないかぎり免許を付与してはならない拘束を受けると同時に、同項の基準に該当し、同法第六条の二の欠格事由に該当しないかぎり、免許を付与すべき義務を負うものであり、免許申請を違法に却下した場合は、国民の営業の自由を違法に侵害することとなるのである。

2、もつとも、免許の基準を定める道路運送法第六条第一項の規定の表現は、極めて抽象的なものであり、このことは、免許の許否の決定の基礎となるべき事実の認定と、その評価に当つては、行政庁の専門技術的知識経験と公益上の裁量判断が不可欠とされることに基づくものと解さるのであつて、その意味においては、被告の主張するとおり、運輸大臣のした事実認定とそれに基づく免許基準に適合するかどうかの判断は、それが適正な手続によりこれが行なわれたものと認められるかぎり、裁判所においても相当の範囲においてこれを尊重すべきことは当然であるが、それにもかかわらず、免許要件の審査手続が、基本において、具体的、個別的事実(原告の申請にかかる特定の計画、特定路線に関する事実等)の認定を基礎とする判断手続であるかぎりにおいて、その手続は、行政庁の恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことが客観的にもつともと認められるようなものであつてはならず、かえつて、裁判所の司法審査の及ぶ範囲が行政庁の裁量権によつて狭められるだけに、手続過程の司法審査ということがいつそう重視されなければならないのであつて、その審査の方式がいかにあるべきかについては、さきに述べたとおりである。

三、一般乗合旅客自動車運送事業の免許手続

前述のように、本件却下処分は所轄陸運局長による聴聞手続、運輸審議会による公聴会の手続、その結果に基づく答申を経て、被告大臣によつて最終的に決定されたものであつて、これらの各段階における手続の果すべき役割り、とくに運輸審議会の性質及び同審議会に果すべきことが期待されている実質的役割り、公聴会の手続の性質及びその実施の方式、運輸審議会の答申と大臣の最終決定との関係、大臣及びその直属部局と審議会との関係等を究明することが、本件却下処分について、恣意、独断ないし他事考慮を疑うことがいわれがないと認められる手続がいかにあるべきかを決定する上において重要な手掛りとなるものであるから、以下において、現行法の規定とその背後にひそむ法の精神を探究することによつて、以上の諸点を究明することとする。

1、陸運局長の聴聞

原告の申請した一般乗合旅客自動車運送事業のように、免許の権限が運輸大臣に属するものについては、運輸大臣は、陸運局長に指示して聴聞をさせ得るのであるが(道路運送法第一二二条の二第一、第二項)、指示を受けた陸運局長は、免許申請者、これと競争関係にある者、利用者その他の者のうち陸運局長が申請事案につき、特に重大な利害関係があると認めた者等の利害関係人(同法施行規則第六三条の三)または参考人の出頭を求めて聴聞することを要し(同法第一二二条の二第二項)、利害関係人に対して意見を述べ、証拠を提出する機会が与えられる(同条第三項)が、聴聞自体は原則として非公開で(同法施行規則第六三条の七)、聴聞の概要は、運輸大臣に報告せられることとなつている(同規則第六三条の八)。

右聴聞は、後述の運輸審議会の公聴会と同様、本来、一般乗合旅客自動車運送事業における免許の基準(道路運送法第六条第一項)が極めて抽象的であるため、免許申請者に対し、申請計画における問題点等を指摘して、これにつき意見及び証拠を提出する機会を与えるとともに、他面、右事業の免許が、営業独占権を伴い易いところから、その他の利害関係人等にも、申請事案に対する意見と証拠を提出する機会を保障して、公正妥当な処分をすることを目的とするものと解せられるが、運輸審議会の公聴会に比べれば、主宰者について独立性を欠き、その手続規定も極めて簡略であつて、その重要性は著しく劣るものであり、従つて、当該事案につき、運輸審議会の諮問を経ず、または、運輸審議会が公聴会を開催しないようなときは格別、運輸審議会が公聴会を開催して申請事案の決定が行なわれたような場合には、陸運局長の聴聞は、そのための準備的な機能を果すべきことが期待されているに過ぎないものと解すべきである。

2、運輸審議会の公聴会

運輸審議会の公聴会の手続、機能等を正しく理解するためには、まず、運輸審議会自体の性質を明らかにすることが必要である。

(一) 運輸審議会の性質

運輸審議会は、運輸大臣が、鉄道、自動車運送事業、通運事業、海上運送事業、航空運送事業等の免許もしくはそれらの取消しまたは事業の停止、及び運賃の認可または変更等運輸省設置法第六条第一項各号に掲げられた事項について、公平かつ合理的な決定をすることを保障し、もつて公共の利益を確保するため、運輸省に常置されるもので(同法第五条)、前記、同法第六条第一項各号所定の事項につき、運輸大臣の諮問を受けて、これにつき審理、決定をする外、自らまたは利害関係人の申請に基づき、これらの事項について、運輸大臣に必要な勧告をする権限も認められている(同法第七条)。委員七名のうち、運輸次官をもつてあてられる一名を除く他の六名は、年齢三五年以上の者で広い経験と高い識見を有する者のうちから、内閣総理大臣が両議院の同意を得て任命するものとされ(同法第九条第一項)、特別職の公務員にあたり(国家公務員法第二条第三項第九号)、国会議員、政党の役員等は委員となることができず、他の政府職員の職を兼ねることができない(運輸省設置法第九条第四項第五項)ばかりでなく、原則として兼業も禁止され(同法第一四条)、任期は各年ごとに二名ずつ終了し(同法第一〇条第三項、第一項但書)、身心の故障による職務不能、職務上の義務違反その他非行等の法定事由の存する場合に限り、両議院の同意を経てのみ罷免することができる(同法第一一条)など、その公正さと独立性が極めて強く要求されている。

ところで、運輸審議会は、自ら国の意思を決定し、外部に対しこれを表示する権限を有するものではないから、国家行政組織法第三条第二項にいう行政機関たる委員会にあたるものでないことは明白であり、同法第八条第一項の審議会にあたるものであつて、しかも、運輸大臣が運輸審議会の決定に拘束される旨を定めた規定が存しないところよりすれば、運輸審議会は、現行法上、形式的には、いわゆる諮問機関たる性質を有するものと解さざるを得ない。

しかし、運輸審議会は、諮問機関のうちでも、極めて特異な存在であることが注意されなければならない。すなわち、各省に設置される諮問機関たる審議会協議会等は、各省の設置法の附属機関の項に一括表示され、その組織、所掌事務、委員等については、設置法に直接の規定をおかず、他の法律(これに基づく命令を含む。)または政令の定めるところに委ねられているのが例であり、運輸省に設置される運輸審議会以外の諮問機関についても、同様に、運輸省設置法第二章第三節の附属機関の項第三八条に一括表示され、その組織等について、同法は直接の規定を置いていない。これに対し、運輸審議会については、同法は第二章第一節を運輸審議会と題し、第五条から第一八条まで、その組織、所掌事務、委員等について詳細に規定し、法律の体裁において、著しい特色が見られる外、その規定の内容も、前述のとおり、委員の任命は内閣総理大臣が両議院の同意を得て行なうべきものとされ、厳格な兼業禁止が定められているなど、一般の諮問機関に比し、格段の公正、独立が求められており、また、諮問事項も法定され、運輸大臣は、諮問するかどうかについて裁量権を持たず、ただ運輸審議会が軽微なものと認めた場合に限つて、運輸大臣は諮問をしないで、処分をすることができるにすぎない(同法第六条)。しかも、運輸審議会の審理には、後述のとおり、いわゆる公聴会主義の原則が採用されている。諮問事項の重要部分をしめる事業の免許及びその取消し等の処分について、免許申請者、事業者をはじめ、その他の利害関係人に意見を述べ、証拠を提出する機会を興えることが、行政処分の正当性、妥当性を保障する上に最もすぐれた手続であり、かかる手続をとつて、公正かつ独立の機関がした判断は、高度の正当性、信頼性を持ち得るのであるから、運輸大臣は、運輸審議会の決定があつた場合、その決定に明らかな証拠判断の誤りまたは法律解釈等の存しない限り、右決定にそつて処分内容を決定すべきことは当然であり、運輸省設置法において、特に明文をもつて、運輸大臣は、運輸審議会の決定を尊重して、必要な措置をなすべき旨が定められているのも(同法第六条第一項、第七条第二項、なお、第二〇条第四項)、右趣旨を明らかにしたものと解すべきである(なお、諮問機関の決定を尊重して必要な措置をなすべき旨の規定がおかれる例は少ない。)。

以上の検討の結果によれば、運輸審議会は、法形式的には諮問機関にすぎないとしても、事業の免許及びその取消し等の事案に関する限り(運輸審議会に対する諮問事項のうちでも、例えば運輸省設置法第六条第一項第一号の日本国有鉄道の基本的運賃及び料金の設定、変更は、日本国有鉄道法第五一条、財政法第三条、財政法第三条の特例に関する法律により、国会の議決事項とされ、国有鉄道運賃法が制定されているのであるから、運輸大臣は、日本国有鉄道の運賃については、法案の立案をなし得るに止まり、従つて運輸審議会の決定も、運輸大臣の立案を適当なもものとするための参考意見を提出する意味をもつにすぎず、かような事項についての運輸審議会の機能は純然たる諮問機関のそれにすぎないものと解される。)、実質上いわゆる参与機関としての役割りを果すべきことが期待されているものということができる。

被告は、一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請事案の審理にあたり、運輸審議会は、専ら公益的判断のみをなすべきものであり、当該事案に対する専門技術的判断は、これと別に大臣事務当局において判断するものであると主張するが、かような趣旨を明らかにする規定はなく、かえつて、運輸審議会に対し、極めて高度の公正さと独立が求められていること、同審議会が運輸省設置法第六条第一項所定の事項につき運輸大臣をして公平かつ合理的な決定をさせるために設けられたものである(同法第五条)こと、運輸大臣は運輸審議会の決定を尊重して必要な措置をとるべき旨が定められていること(同法第六条第一項、第七条第二項)、及び、道路運送法第六条第一項の免許基準に関する規定が極めて抽象的であつて、免許についての公益的判断と専門技術的判断とを、それぞれ明確に区別して、判断をすることは事実上困難であること、その上、専門技術的判断といつても、ことがらの性質上学術上の高度の知識が必要とされるものとはいえず、審理官(運輸省設置法第一五条の二)の適切な関与と関係官庁の職員の説明(同法第一三条第四項、第五項)とによつて、広い経験と高い識見の要求される委員が判断し得ないこととは考えられないこと等の諸点から考えれば、運輸審議会に対して、公益的判断のみならず、専門技術的見地からも、当該事案について、免許の許否を判断すべきことが期待されているものと解するのが相当であつて、この点に関する被告の主張は、採用できない。

(二) 公聴会等の手続

(1) 運輸省設置法及び運輸審議会一般規則は、運輸審議会の審理手続については、審理の対象となる事項によつて区別を設けていないところ、前述のように運輸審議会の諮問事項とされている運輸省設置法等六条第一項各号所定の事項のうちには、第一号のように法律案の立案に関する事項と、自動車運送事業等の免許及びその取消しのように、国民の基本的人権にかかわる個別的行政処分に関する事項とが、区別なく含まれているのであるが、前者に関する公聴会は、立法機関の行う公聴会に近いものであつて、特定の人に関する具体的、個別的事実を認定することは必ずしも必要でなく、また公聴会において陳述すべき私人が、特定の者に限定さるべきことも、さして要求されないのに対し、後者の場合は、特定の免許申請または問題となつた特定の免許処分の取消しの要件事実の存否が認定さるべきものであり、しかも、その決定が、特定の個人の権利、利益にかかわるものであるから、自分自身にかかわることがらとして最もよく事情を知りかつ、この点に関する主張立証に最も熱心であるべきはずの本人に意見の陳述と証拠の提出とを認めるのでなければ、公聴会を開催することによつて公正な、恣意、独断等の介入しない事実の認定に基づき決定を下すべきものとすることの趣旨が著しくそこなわれるのであつて、両者は、ともに運輸審議会の公聴会と呼ばれるとしても、その性質を異にするものといわねばならない。従つて、公聴会等の審理手続の正しい運用の方法がいかにあるべきかを決定するについても、審理の対象となる事項の性質を無視することは許されないところであつて、以下の検討においては、本訴で問題の一般乗合旅客自動車運送事業の免許についての公聴会等の審理手続について、審理の対象となるべき事項との関連において、その正しい運用の姿がいかにあるべきかを究明することとする。

(2) 運輸審議会の審理手続については、運輸省設置法(以下本項においては、単に法と略記する。)及び運輸審議会一般規則(以下本項においては、単に規則と略記する。)にかなり詳細な規定がおかれている。

(イ) 運輸審議会は、運輸大臣の指示があつた場合または利害関係人(免許申請者、これと競争関係にある者、その他運輸審議会が当該免許に特に重大な利害関係を有すると認めた者をいう。規則第五条)から申請があつたときは、必ず公聴会を開かなければならないが、その他の場合は、運輸審議会が必要と認めた場合に、公聴会を開くものとされている(法第一六条規則第一九条)。従つて、必要的な場合を除いては、公聴会を開くかどうかは、一応運輸審議会の裁量に委ねられているものと解されるが、一般乗合旅客自動車の免許の事案のように、国民の基本的人権にかかわるもので、免許の許否の決定が、具体的個別的な事実の認定を基礎としてなさるべきものについては、申請者その他の利害関係人に証拠を提出し、意見をたたかわせることが、事実認定について恣意、独断に陥ることを防止する最も有効な手段であるから、かような事項の審理にあたり、公聴会を開催すべきかどうかに関する運輸審議会の裁量権には自ら相当の制限があるものというべきであり、免許申請者等の利害関係人が明らかに公聴会の開催を希望しない場合、免許申請書の記載または陸運局長の公正な聴聞の結果によつて明らかに認められる事実によれば、免許申請を許容し、または却下すべきことが顕著な場合、その他、公知の事実やその正確性が客観的に保障されていると認められるような資料(たとえば一般に権威あるもの認められている学術書)等により、利害関係人に意見を述べる機会を与えなくとも、公正な判断を下すことが可能と認められるような場合等を除いて、原則として公聴会を開催すべきものであり、かく解することが、できる限り公聴会を開催して、公平かつ合理的な決定をすべき旨を定めて、公聴会主義の原則を宣明する規則第一条の趣旨にもそうゆえんと解される。もつとも、証人青柳一郎の証言によれば、運輸審議会は、多数の事件処理に追われている実情にあることが認められ、従つて、公聴会主義の原則を忠実に貫ぬくべきことを要求することは、実情を無視するものであるとの反論が予想されないではないが、当裁判所をして、かりそめの示唆を与えしめるならば、例えば自動車運送事業の免許基準に関する道路運送法第六第一項のような極めて抽象的な規定の下で、法の趣旨にそう具体的基準を設定し、これを公示する等の適宜の措置を論ずることによつて、無益、不必要な申請を或る程度減少させることができるものと推測され、また、これによつて要件事実の存否の認定も容易になり、審理も適確、迅速になされ得ることとなるものと推認されるのであるが、このような誠実な努めをすることなく、ただ、現在の状感においては法の趣旨を忠実に貫ぬくことは困難が伴うとの理由だけで、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑われても、やむを得ないと認められるような手続によつて、国民の基本的人権の規制に関する決定を行うこともやむを得ないとするが如きことは、国民の基本的人権を手続的見地からも保障しようとする憲法の趣旨にも反するのみならず、行政の作用が国民の政府に対する信託によるもので、行政の掌に当る公務員は、全体の奉仕者として誠実に職務を執行すべきものとする憲法の精神にも反するものであつて、審理の対象事項が個別的な免許の申請やその取消処分の要件事実の審査にかかるものであるかぎり青柳証人のいう運輸審議会の実情なるものをもつてしては、ただちに、運輸審議会の審理手続として公聴会中心主義の原則を緩和すべきことの正当理由となるものとは解されない。

(ロ) 以上のとおり、運輸審議会の審理方式には、公聴会方式とこれによらない書面審理方式とがあり、これらの手続は、さらに主宰者によつて、審理官によるもの、委員によるもの、運輸審議会自らが行なうものに分けられる(規則第二〇条)が、ここでは、本訴の判断に必要な運輸審議会自らが行なう手続について検討する。

運輸審議会は、審理に先き立ち、審理事項について、事案の種類、申請者、内容を記載した件名表を作成して(規則第一五条)、これを告示し(同第一六条)、利害関係人の公聴会の申請は、右告示後一四日以内に行なわれなければならない(同第一七条)。公聴会を開催するときは、運輸審議会は、官報でその旨を公示し(同第三一条)、申請書その他の書類、文書、証拠資料を閲覧に供する(同第三三条)とともに、公聴会において必要な意見を述べさせまた報告をさせるため、関係人または参考人に対し出頭を求め(同第三八条)、また公聴会までに、公務所、関係事業者等に必要な報告、情報または資料の提出を求め、または調査の嘱託をして、資料を収集する(法第一七条第一項、第二項―なお、右規定の上から、これら資料の収集をいつまでになすべきかは明らかにされていないが、これらの方法により収集された資料は、公聴会において公開すべきものとされており(規則第五〇条)、その趣旨は、かかる資料について、利害関係人に反対質問の機会を保障し(同第五二条参照)、かつ意見を述べ、または反証を挙げる機会を与えることが、事実認定の適正を保障する上から適切であるとの見地に基づくものと解されるから、資料の収集は、原則として公聴会開催までになすべきことが必要であると解される。)。他方、公聴会において、公述しようとする者は、運輸審議会に公述申込書及び公述内容を記載した公述書を提出しなければならない(規則第三五条、第三六条)。

公聴会においては、事案の申請者に冒頭陳述及び最終陳述の機会が保障され(同第四四条、第五三条)、公述は、証拠資料に基づき(同第四五条)、原則として申請書及び公述書に記載されたところに従つてしなければならず(同第四五条の二)、証拠の提出は原則として、公聴会の終了までに限られ(同第四八条、なお第四九条)、公述人たる利害関係人は、他の公述人に質問することができる(同第五二条)。また、委員は、運輸省の職員に対し、当該事案について説明を求めることができる(同第五一条)。

公聴会の内容は、速記その他の方法で記録されなければならない(同第五四条)。

なお、運輸審議会は、公聴会における事実の審理を能率的に行なうため、公聴会の準備手続を行なうことができ、準備手続においては、利害関係人の異議のない事項を明確にし、釈明または立証の準備を命ずること等が必要とされる(同第四〇条の四)。

(ハ) 運輸審議会は、審理の結果に基づき、事案について、自由な心証により事実を判断して決定し、主文、理由等を附した答申書等(規則第二八条)を運輸大臣に提出しなければならず(同第二七条)、運輸大臣は、答申書等の内容を告示しなければならない(法第一八条第一項、規則第二九条)。

(3) 運輸審議会の審理が適正になされるためには、以上の法規の定めが遵守されなければならないことはいうまでもないが、同時に次の点も、手続が適正であるための不可欠の要件となるものと解すべきである。

一般乗合旅客自動車運送事業の免許基準を定める道路運送法第六条第一項の規定は極めて抽象的であり、被告及び運輸審議会が原告の免許申請の却下理由とした同項第一号取び第五号をみても、第一号は、「当該事業の開始が輸送需要に対し適切なものであること」、第五号は、「その他当該事業の開始が公益上必要であり、且つ、適切なものであること」と定められているに過ぎない。しかも、法律の右免許基準を具体化し、免許申請の適否を審理するための具体的審査基準を被告または運輸審議会が定めていると認むべき証拠はなんらなく、まして、かかる具体的審査基準が申請者その他の利害関係人に通知されあるいは一般に公示されているものでもない。

ところで、免許の許否が適正に行われるには、申請が免許基準に適合するかどうかの判断が、正確に把握された具体的な事実に基づいてなされるべきことが当然であり、そのことなくしては、免許制度の公正かつ合理的な運用は不可能である。法が聴聞手続、公聴会手続を採るべきことを定める趣旨も、前述のとおり、この手続が、事実認定のためのもつとも適正な手続であり、これによつて、行政庁の恣意、独断等の介入の虞れを防ぐことができるということにあるのである。(なお、免許基準に関する前記法条及びことがらの性質よりして、免許基準の適合性判断の基礎となる事実は、過去に生じた一回かぎりの事実のみではなく、将来予想される事実、事感をも考慮さるべきものであるが、将来の予想も、現在または過去の事実を基礎とする合理的予測によらない、単純な想像ないし、推測にかかる事実をしんしやくすることは許されないのであつて、現在または過去の事実を基礎とする合理的推測に基づき、その発生の可能性が相当の確実性をもつて認識され得る場合に限つて、これを判断の基礎とすることができるものと解すべきである。従つて、免許基準に該当するかどうかの判断にあたつて、将来の予測にかかる事実が判断の基礎事実のうちに混入することが不可避であるからといつて、そのことは、判断の基礎となるべき現在及び過去の具体的事実の認定の重要性を少しも減ずるものではない。)

しかるに、前記のような抽象的免許基準の下で、適正な事実認定を目的とする公聴会審理の実をあげるためには、なにが問題点であり、どこに立証と主張を集中すべきかを申請者その他の利害関係人の任意の判断にのみ委ねることによつては不可能である。すなわち、事実認定を正しく行なうためには、証明すべき事実を明らかにし、これについて申請人その他の利害関係人が十分の立証と主張することが必要であるが、前記のような抽象的な免許基準では、いかなる事実が重要であり、どの点が問題であるかは、申請人や利害関係人の側から抽象的な免許基準だけを手掛りとして的確に認識することは不可能であるから、申請者その他の利害関係人は、任意に、それぞれその好むところに従い証拠を提出し、主張を展開することとなることは避け得ず、かくては、適正な事実の認定は著しく困難であり、公聴会を開催することの実質的な意義は大いに失われることになろう。

従つて、公聴会が適正に行なわれ、事実認定における恣意、独断の介入を排除するためには、公聴会の開催までに、申請者その他の利害関係人に公聴会の審理の対象となるべき問題点が明確に指示され、なにを主張し、どの点を立証すべきかが、了解せしめられていなければならない。公聴会と別に、陸運局長の聴聞が定められている(道路運送法第一二二条の二)のも、聴聞によつて明らかにされた事実関係や問題点を基礎として、運輸審議会が公聴会前に、申請者その他の利害関係人に審議会において対象とすべき問題点を指示し、公聴会における審理の重点を明らかにすることを期待したものと解されるし、また、公聴会について準備手続が定められていること(運輸審議会一般規則第四章第三節、特に第四〇条の四参照)も、かか趣旨に出たものと理解され、また、公聴会における運輸省職員の説明(同規則第五一条)も、公聴会においてではあるが、かかる要請を満すことが予想され、期待されているものというべきである。

もつとも、運輸審議会において、公聴会までに、すべての問題点を的確に把握することは困難な場合もあり得るであろうし、公聴会審理の席上で、あるいは、その後の事案の審議の過程において、新たな問題点が浮んで来ることも予想されるのではあるが、公聴会終了後の証拠資料の提出について定める運輸審議会一般規則第四九条及び運輸審議会の聴聞に関する同規則第二一条等の規定は、かかる事態に備えたものであると理解するのが相当である。(なお、運輸審議会の答申の内容を告示すべきものとする規定(運輸省設置法第一八条第一項、運輸審議会一般規則第二九条)の趣旨は、運輸審議会が証拠の評価を誤り、事実認定を間違うことがあつても、直接公聴会に関与しない運輸大臣において、記録のみによつては、十分これを審査し得ないおそれがあり、その結果処分が誤つた事実認定の上になされることがあり得るので、これを防止するため、運輸審議会の認定した事実とこれに基づく判断を、運輸大臣の処分の前に告示して、申請者その他の利害関係人に反論と反証を提出する機会を与え、もつて処分が独断に陥ることのないよう保障することにあると解されないわけではないが、運輸審議会の答申に対する意見、証拠の提出に関する規定がなんら存しない現状においては、右のような運用が望ましいとしても、運輸審議会の公聴会等の審理手続が前述の趣旨に従い適正に行なわれている限り、その答申の成立後これに対し、申請者等に意見、証拠を提出する機会が与えられなくとも、直ちに、そのことをもつて、運輸大臣の処分手続が、行政庁の恣意、独断を疑うことが客観的にもつともと認められる手続に該当するものと解するには当らないであろう。)

(4) 運輸審議会が事案を判断するにあたり、いかなる時点を基準にすべきかについては、原則として証拠の提出は、公聴会の終了時までに限られていること(運輸審議会一般規則第四八条)等よりして、公聴会終了の時が予想されているものと解される。しかし、運輸審議会の要処理件数とその処理能力よりすれば、現状において、公聴会終了後早急に答申がなされることは必ずしも期待できず、またそれもやむを得ないところといわねばならない(以上の点は、証人青柳一郎の証言により認められる。)が、かような事情のため、公聴会開催後答申までに相当長期間を経過した場合にも、公聴会終了当時の事実に基づき判断すべきものと解することは、本来行政が社会事情の変化に対応すべく要請されるものであることよりして、適切とは思われない。従つて、かかる場合には、公聴会開催後の事情の変化は、でき得る限り、答申決定にあたり考慮されなければならないが、その事実について、申請者その他の利害関係人に意見、証拠の提出の機会を与えなければ、折角公聴会を開催して、事実認定を適正に行なうべきものとした趣旨が、著しくそこなわれるおそれがある。運輸審議会の聴聞に関する規定(運輸審議会一般規則第二一条、なお、運輸省設置法第一七条第三号)は、このような場合についても、その活用が予定されているものと解すべきである。

3、運輸審議会と大臣の直属部局(運輸省内部部局)との関係

運輸審議会が免許の申請について、専ら公益適合性の判断を行い、これと別個に申請事案に対する専門技術的判断は、運輸大臣(関係事務当局)が行うべきものであるとの被告の主張の採用し得ないことは、前に述べたとおりである。

しかし、このように解すべきものであるとしても、運輸審議会の審理の間、運輸省内部部局が申請事案に関し無関心であつてよいということにならないことはもとよりである。すなわち、現行法上運輸審議会は独立の審判機関ではなく、運輸大臣の諮問機関であるから、運輸省内部部局は運輸審議会によつて審判を受くべき当事者としての地位に立つものではなく、前述のような役割を果すことが期待されている運輸審議会が十分その責を果し得るよう、運輸省内部部局もこれに協力し、援助する義務のあることはいうまでもない。運輸省設置法において、大臣官房及び関係各局の長は、運輸審議会の要求があれば、その所掌事務に関し必要な資料を提出しなければならず(第二〇条第二項)、進んで意見を述べることもでき(同条第三項)、また運輸審議会の会議においても、要求に応じ説明をしなければならず(第一三条第四項)、または進んで意見を述べ、説明をすることができる(同条第五項)旨が定められており、運輸審議会一般規則においても、関係官庁からの資料の提供が予定され(第一九条第一項参照)、公聴会の席上説明が求められることとなつている(第五一条)のも、右の趣旨を明らかにするものである。

もつとも、注意すべきことは、運輸省内部部局の提供する資料も、絶対的真実性を担保されるものではなく、また資料が片面的となることを防ぐ保障もないのであるから、公知の事実に関する資料やその正確性が客観的に保証されていると認められるような資料(たとえば一般に権威あるものと認められている学術書等)を除き、原則として、反対の証拠と意見の提出の機会を保証することにより、事実認定の適正を期することを目的とする公聴会に提出され、これについて申請者、その他の利害関係人の批判を受くべきことが要請されるのは当然であり、もし、運輸審議会が、これらの資料を申請者等の批判にさらすことなく、事実認定の資料に用い得るものとすれば、公聴会を開催する趣旨は、著しく没却されることとなる。

公聴会における説明も、関係当局としての問題点を指摘し、これについての所轄事務当局の一応の意見を述べることにより、公聴会における論点を明確にし、かつこれに対する反論の機会を与えることを主たる目的とするものと解さなければならない。

また、運輸審議会の会議等における意見の陳述も、免許申請に対する許否いずれかについての意見というよりも、公聴会の開催前等にあつては、問題点を明らかにし、公聴会審理を適切ならしめるための参考意見たるべきものであり、審議会の決定のための会議においては、運輸審議会の専門技術的な知識を補充するための意見の開陳が予定されているものといわなければならない。けだし、法が公聴会主義の原則をとつていることは、公聴会において批判にさらされた資料に基づき事実認定を行うことが、独断に陥らないための適切な手段と考えたことによるものであり、また、運輸審議会に高度の公正さを要求し、独立的な地位を与えているのも、かくすることによつて事案について真に公正、妥当な決定がなさるべきことを期待する趣旨から出たものと解すべきであるから、関係当局者が、独自に事実を認定し、免許の許否を判断し、これについて免許申請者その他の利害関係人の批判にさらさないまま、これを運輸審議会に、開陳することは、前記の法の趣旨に明らかにそわないことになるからである。

かかる見解に対しては、処分権者が運輸大臣である以上、運輸審議会が関係当局の処分意見を徴して、答申決定をしないならば、答申が大臣の納得し難いものとなり、その結果、答申が尊重されないこととなつて、運輸審議会設置の趣旨が失われるとの反論が予想されないではないが、運輸審議会の構成、審理手続よりすれば、運輸大臣は、その決定に明らかな不合理、不当の存しない限り、これを尊重すべきことが法の趣旨であることはすでに述べたところであり、運輸審議会に対し、関係当局の処分意見が述べられなければ、運輸審議会は、不合理、不当な答申をなすと考えることは、あまりに運輸審議会を軽視ないし蔑視するものであつて、かえつて運輸審議会制度をそこなうものであろう。

4、運輸審議会の審理手続の瑕疵と処分の効力

被告は、運輸審議会は諮問機関にすぎないから、運輸審議会の手続内容に違法があつても、当然にその答申に基づく処分が違法となるものではないと主張する。

しかし、国民は、適正な手続によつて行政処分を受くべき権利ないし法的利益を有することは、先に述べたとおりで、運輸審議会制度は、国民の免許申請について、公聴会主義の原則をとつて、かかる適正手続の要請を保障するためのものというべきである。換言すれば、免許の許否の判断においては、正確な事実の認定とこれに基づく公正な判断が要求されるのであるが、それを保障するための手続として、運輸審議会の構成、手続について詳細な規定がおかれているのである。そして、かかる構成員よりなる機関がかかる手続によつてした判断は、高度の正当性と妥当性が予定されるところから、運輸大臣に、その判断の尊重義務が課せられているし、実際上も運輸審議会の答申と運輸大臣の処分とが異なることは、これまでほとんどなかつたのである(証人青柳一郎の証言)。従つて、国民は、運輸審議会が適正な手続で答申決定することについて、直接の権利ないし法的利益を有するものといわなければならず、運輸審議会の審理手続が違法な場合には、あらためて適正な手続でやり直し、それに基づく答申を尊重して、運輸大臣が処分をすべきことを求め得るものといわなければならない。この意味において、運輸審議会の手続の違法は、その答申を尊重してなされた大臣の処分の違法事由を構成するものといわねばならない。よつて、この点の被告の主張は採用し難い。

四、本件却下処分の手続(その一)

以上の考察により現行の機構、組織、手続の下で、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否等を決定する処分について、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことが客解的にいわれがないと認められるような手続なるものがいかにあるべきかを明らかにし得たことと思う。よつて、以下の判断においては、これと、被告が本件免許申請の許否を決するにあたつて実際にとつた手続とを対照することによつて、被告の実際にとつた手続が、果して、恣意、独断ないし他事考慮を疑うことがいわれがないと認められるような公正な手続というに値するものであるかどうかを考察することとする。

1、公聴会開催まで。

(一) 当事者間に争いのない事実に、(証拠―省略)及び弁論の全趣旨を総合すると、次のような事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

原告の計画した既設路線太田―高崎間を草津まで延長し、太田―草津間を運行系統とする一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請書は、昭和三一年六月一四日群馬県知事に受理され、同知事は、同月一九日これを東京陸運局長に進達した。同局長は、同月三〇日群馬県公安委員会等に対し意見の聴取照会を発し、同年七月四日申請書を被告に進達するとともに、同月五日原告の申請事案を公示した。

東京陸運局長の照会に対し、群馬県公安委員会は、同月二五日付で意見書を送付したが、意見の概要は、申請路線における交通量及び交通事故の発生状況、道路の危険個所並びに交通安全上の総合意見等を主な内容とするもので、山間道路における交通事故が主として転落事故であること、木橋一六個につき四ないし四・五トンの重量制限があることを除いては、格別の危険はなく、総合的意見としては、橋梁に重量制限があり、現在において既存営業の群馬バス、東武バス、国鉄バス、草軽バスに加え、さらにバスの運行を認めることは、転落事故の発生を助長するに等しいことと思料されるが、その他については、交通安全上支障となるものはないと述べられている。

東京陸運局長は、同月一一日運輸大臣の指示を受け、翌昭和三二年一〇月二八日申請者である原告の外、本申請と競争関係にある者として、日本国有鉄道、群馬バス株式会社、国土計画興業株式会社、草軽電気鉄道株式会社、東武鉄道株式会社の出頭を求めて、これを聴聞した。この聴聞においては、東京陸運局長が、原告の申請の許否を決定するについて、具体的にいかなる事項が問題となるかを関係当事者に了解させるような措置、方法をとつた形跡はなく、単に原告が申請の趣旨は、太田方面から草津に直通の交通機関がなく、乗換を要して不便であるため、申請に及んだものであること、渋川経由が幹線ではあるが、申請路線は巾員が広く、交通量が少いから輸送の安全性があり、距離的、時間的にも渋川経由と変らず、計画所要時間は、実際の運行調査によると説明し、その他の競争事業者は、単なる路線拡張であると反対したが、日本国有鉄道は、吾妻両毛各地を結ぶ計画については、前橋、伊勢崎太田方面から要望を受けているが、東武鉄道の諒解を求めなければならないから、申請を差し控えていると述べる程度のことが行われたに過ぎなかつた。

そして、公聴会までの期間、被告または東京陸運局長が、右の公安委員会への意見照会と右述の程度の聴聞手続を実施したこととの外は、原告の申請事案について、いかなる事項を問題点と考え、その点について具体的にいかなる調査をし、資料を収集したかについては、被告より特段の主張、立証がなく、かえつて弁論の全趣旨によれば、この間においては、被告はもとより東京陸運局長においても、原告の申請事案についての問題点がどこにあるかについては明確な認識を持たず、従つて、また原告その他利害関係人に対しても、申請事案について、進んで資料を提示して問題点を指摘し、若しくは、問題と考える点について関係当事者に資料の提出を要求し、その他具体的な調査を行う等のことはなんらしなかつたものと認められる。

右認定の事実と、さきに判断したように、運輸審議会の公聴会を経て申請事案の決定が行われた本件のような場合には、陸運局長の聴聞手続は、そのための準備手続的な機能を果すべきことが期待されているのに過ぎないものと解されることとを考え合わせると、陸運局長が右認定の程度の聴聞手続を施行したという事実だけでは、被告の行つた原告の申請事案に対する処分手続が、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことがいわれがないと認められるような公正な手続にあたるとすることは到底できないところであり、かえつて陸運局長の行つた聴聞手続は、被告の行つた原告の申請事案に対する処分手続が全体として右のような公正な手続にあたるかどうかを判定する上において、さして重要な意義を持たないものと評価せざるを得ない。

(二) 他方、当事者間に争のない事実と(証拠―省略)とによると、原告の本申請に関し、昭和三一年一〇月三〇日、原告の本申請及びこれと別に原告より免許申請のあつた前橋―東京間を運行系統とする一般乗合旅客自動車運送事業の免許の促進を目的として、前橋―東京、太田―草津間定期乗合バス実現促進期成同盟会が結成され、会長に前橋市長、副会長に太田市長、草津町長等が選出された外、会員にも本申請路線沿線の市、町村長、市町村議会議長等が少なくなく、その結成後は、運輸省、運輸審議会等に対し、原告の申請路線が沿線利用者の便宜のためにも、また群馬県の産業、経済、観光、文化の発展、開発のためにも極めて重要であるとして、その免許実現方を陳情する等の運動を続け、本件却下処分後も、原告が再度本申請と同趣旨の免許申請をしたので、引き続き、太田―草津間の一般乗合旅客自動車運送事業の実現を目的として、現在(本件口頭弁論終結時を指す。以下同じ。)まで、なお、運動を続けていること、また、群馬県議会は、前橋市長等の陳情に基づき、原告の本申請及び前記前橋―東京間の一般乗合旅客自動車運送事業の免許促進の援助を求める請願を、交通対策特別委員会で五対四で採択することに決定し、昭和三一年一二月一七日の本会議においても起立多数でこれを採択する議決を行つたが、その間、群馬県乗合自動車協会からは、群馬県議会に前記請願を採択しないことの請願もなされており、後日これは取り下げられていること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、原告の本申請について、群馬県、特に申請路線の沿線住民の間に、免許実現に対する相当強い要望が、原告の申請後現在まで存しているものといわなければならない。この点について、被告は、前記促進期成同盟会の結成及び群馬県議会の議決は、原告の政治工作に基づくものであると主張するが、原告の本申請に反対する事業者等においても、反対運動を展開したことは、群馬県乗合自動車協会が、反対の請願をしたこと等からも明らかであり、原告が、乗合バス、私鉄等の運送事業についていわゆる大手すじと目される有力な事業者と資本的なつながりをもつ(この事実は後に認定するところである。)これら反対事業者よりもその政治力等において優つていると認むるに足る証拠はなんら存しないから、期成同盟会の結成、群馬県議会の議決を、単に原告の政治工作に基づくものとのみ独断することは妥当でなく、そのこと以上に、原告の申請路線の実現に、強い要望があつたものと評価するのが相当である。

2、公聴会の状況

(一) (証拠―省略)及び弁論の全趣旨によると、次のような事実が認められ、認定に反する証拠はない。

運輸審議会は、昭和三三年七月二六日運輸大臣より原告の本申請につき諮問を受け、同日これを件名表に登載し、同年八月一六日に官報に告示したところ、群馬バス株式会社より公聴会の申請があつたので、運輸審議会は、昭和三四年三月六日に公聴会を開催することを決め、同年二月一八日その旨を官報に公告するとともに同日原告に対しこれを通知したが、右通知書には、申請事案の問題点、公聴会における審理の重点等については、なんらの記載もなかつた。その後、原告に交付された公聴会順序なる書面では、申請者の冒頭陳述として、どの申請事案についても一律に要求しているような、申請の理由、申請の目的及び内容、輸送需要の推定及びその根拠、収支の予想、歳出の根拠、資金調達方法、申請計画の合理性及び妥当性などの裏付説明等について陳述すべきことが記載されているが、具体的にいかなる点がどのように問題となるかについては、なんの記載もなかつた。また、本申請の公聴会においては、規則上行うことができることとなつている準備手続は行なわれなかつた。

(二) 公聴会当日の模様は、(証拠―省略)を総合すると、次のようなものであつたと認められ、この認定に反する証拠はない。

原告の本申請に関する公聴会は、運輸審議会自らが主宰し、青盛忠雄委員、栗沢一男委員(運輸事務次官)を除き、中島登喜治会長をはじめ、岩村勝、武田元、青柳一郎、加藤閲男の五委員が出席して、開かれた。

公聴会は、昭和三四年三月六日午前一〇時過ぎに開会され、会長挨拶に続き、原告より申請の目的、事業計画、輸送需要、収支の予想等について冒頭陳述がなされ、原告の計画は、群馬県の中央部と北西部の草津温泉を中心とした吾妻郡一帯とを直通バスによつて直結しようとするもので、両地区間に直通交通機関がないため、群馬の政治、経済、産業、教育、文化の発展の妨げとなつているので、これを解消することを目的とするものであること、本計画の実現については、沿道の直接輸送分野内の一八カ市町村及び利用交通圏内の一二カ市町村の代表を網羅する期成同盟会が結成され、また群馬県議会においても、本申請についての免許促進をはかるとの異例の決議がなされており、全県民が等しくその実現を熱望していること、計画では、運行回数一日四回、所要時間五時間としているが、申請路線の道路はバス運行に完全な状態にあること、推定年間取扱旅客数は、関係沿道市町村人口と利用率、乗車回数を推定して算出したこと、運輸収支の予想は、昭和二九年九月一日から昭和三〇年八月三一日までの一年間における原告の実績を基礎に算出したものであること、運賃は、既免許路線については、現行認可運賃を適用し、基礎賃率を三円、本系統平均賃率を二円四五銭として、榛名町―草津間は三割の山間割増としたこと、新免許路線における停留所は、接続輸送上重要な地点にのみ設け、既存業者との競争を避け、むしろこれと共存共栄することを目的としたこと等が陳述された。

続いて、利害関係人の公述に移り、まず、群馬バス株式会社が、太田―草津間の直結のためには、太田―伊勢崎―前橋―渋川―草津の経路の方が粁程にして約二五粁短く、所要時間も一時間短縮できること、運賃はこの最短距離を利用しても既設交通機関の乗継合計では、三五〇円となるのに、原告の計画が二五〇円であるのは、はなはだしく不当競争であること、原告算定の輸送需要が群馬バス株式会社の観光バスの運行実績に比し不当に過大であること、前橋―高崎間については、原告一、群馬バス株式会社三の比率により、一般乗合旅客自動車を運行する旨の運輸協定があるが、本申請は、太田―草津間の運行を名目として、前橋―高崎間の運輸協定による比率を変更しようとするものであること、本申請の運行系統の中、前橋―太田間は群馬バス株式会社の既免許路線であり、本申請が免許となると、群馬バス株式会社は年間四〇〇万円以上の損害を受けることなどを述べて、本申請に反対の公述をした。次いで日本国有鉄道が、両毛地方から草津温泉への交通機関としては、長野原線にデイーゼルカーが運行しており、これを前提に本申請事案を検討すると、第一に、所要時間、運賃の面において、太田―草津間、前橋―草津間、高崎―草津間において、所要時間は、既設交通機間による方が四〇分から七五分も短縮され、また、運賃も、本申請後改訂された群馬県内の一粁当りの賃率三円五五銭を基礎に申請事案の運賃を算出すると、太田―草津間で五二一円八六銭となり、既設交通機関によれば三〇〇円であるから、はるかに高額となり、その他前記諸地区間においても一五〇円前後申請路線が高額となり、しかも快速デイーゼルカーとの乗心地の相違を考慮すれば、既設交通機関の方がはるかに優つていること、第二に、その結果、申請路線の利用者は、高崎市北西部、榛名町、倉淵村、吾妻町大戸附近の住民しか期待できず、これらの地区から草津へ向う観光客数は年間六七六人と推定されるから、本申請路線はその目的に反し近距離地区相互間の交通に主力を置き換えざるを得ないこととなり、輸送秩序を乱すこと、第三に、本申請により、日本国有鉄道は年間約五五三万円の損害を受けること、第四に、積雪又は路面凍結時における運転保安上の危険があることが認められ、本申請に反対すると公述した。さらに、東武鉄道株式会社は、申請路線が大戸―吾妻町間で競合することとなり、年間七八円余の損害を受けること、太田、伊勢崎、前橋、高崎方面から草津に向うには、渋川経由の既設交通機関を利用する方が時間的にはるかに便利であり、これらの地区を除けば、本申請系統を利用するものはごくわずかとなるから、本申請事案は必要性を欠くことを理由に、反対の公述をした。最後に、草軽電気鉄道株式会社は、草津地区の交通輸送分野は、日本国有鉄道と草軽電気鉄道株式会社に属するもので、なんらの権益をも持たない原告が、これに加わることは、業界の慣行に反し、輸送分野を乱すものであり、本申請事案は必要性を欠くとして、反対した。

利害関係人の公述後、運輸審議会委員より、原告に対し、乗車回数の推定根拠、乗車密度、平均乗車粁、道路舗装状況等について質問があつた。

次いで、一般公述人として、申請系統の沿線の市町村長等一〇数名が、公述したが、群馬県議会議員安藤安次郎を除き、いずれも本申請に賛成する旨の公述をした。

その後、原告に対し、群馬バス株式会社より、収入算出の基礎、輸送需要の推定等について質問があり、最後に、原告より、本申請を早く実現されたい旨の要望があつて、午後六時頃公聴会が閉会となつた。

右公聴会において、運輸省の職員が事案について問題点の指摘その他について説明するようなことはなく、運輸審議会も、公述の重点等について指摘をせず、なにが審理の基本であるか、すなわち、主張、立証を集中すべき事項がなにかについては、なにも明らかにされなかつた。

公聴会終了後、原告関係者は、いずれも公聴会の様子よりして、申請が容認され、免許となるものと期待した。

3、公聴会から本件処分まで。

(一) (証拠―省略)及び弁論の全趣旨によれば、公聴会終了後、原告より運輸審議会に対し、草津出入旅客実数を基礎として本申請系統の輸送需要を算出する資料と運輸収入に関する記載のある手紙が送られたが、それを除き、運輸審議会が自らまたは審理官に指示して、本申請について格別の調査をすることもなく、原告等の出頭を求めて聴聞を行うといつたこともないまま、従来の慣行により、運輸審議会の最終決定前に、運輸省当局の申請の許否に関する意見を聞くため、漫然とその意見の開陳をまつて、約二年間を経過したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二) 他方、運輸省当局に関しては、(証拠―省略)及び弁論の全趣旨によれば、次のような事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

運輸省の本申請事案の所管部局である自動車局の局長は、昭和三三年一二月から昭和三六年七月まで国友弘康であつたが、同人は原告の本申請について、群馬バス株式会社等の陳情により、当時原告と群馬バス株式会社との事業分野が前橋、高崎を境に東西にわかれていたため、原告が西に進出することについては、慎重な態度をとる必要があると考え、公安委員会の意見と、群馬県出身同局職員の説明等から、申請路線の道路状況が渋川経由に比して劣り、また既設交通機関の方が便利であると判断し、かなり早い時期から申請事案を却下すべきものとの意見を持つていた。

公聴会終了後の昭和三四年一〇月一三日、原告の社長その他が当時の運輸大臣楢橋渡に対し、本申請について陳情に赴いた際、国友局長は、本申請の免許の難点として、①既設交通機関に比し時間がかかりすぎること、②新賃率を適用すると既設交通機関より運賃が高くなること、③道路状況が渋川経由よりも悪いこと、④実際上、長距離客よりも区間客が顧客対象となり既設交通機関に悪影響を及ぼすことの四点をあげ、はじめて原告に対し、具体的に本申請の問題点を指摘したが、同局長の主たる関心事は、実は、既設業者への影響、事業分野の調整問題であつた。これに対し、楢橋運輸大臣は、その席上、地方住民の要望が強く、とくに免許の障害となる条件もないのであるから、免許すべきである旨の発言があつた。しかし、同局長は、前記の理由をあげて、これに反対していた。

このように、運輸省の担当局の意見は、本申請を却下する方針に、相当早くから決定していたのであり、しかも、その根拠は、原告の申請計画の綿密な検討、現場調査等の事実調査その他客観的資料の収集等に基づくものではなく、既存業者の陳情等により、事業分野の調整、既存業者への影響ということが、主たる関心事として考慮されていた。しかし、運輸審議会に対し、その意見を開陳することについては、当時、原告及び申請に反対する事業者等の陳情もあり、その他の政治的考慮もあつて、これが遷延したが、その間本申請について格別の調査が行われたようなことはなかつた。

なお、運輸省当局の意見の決定にあたつては、運輸審議会の公聴会に出席した職員の説明を聞いただけで、公聴会の速記録は直接参照されなかつた。

(三) 当事者間に争いのない事実に、(証拠―省略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

運輸審議会は、運輸省当局の意見の開陳を得て、昭和三六年五月二六日会議を開き、原告の申請を最終的に討議したが、当時の運輸審議会の構成は、公聴会に出席した青柳、武田、加藤の三委員と、新たに交替的に任命された片岡義信、谷村唯一郎、相良千明及び山内公猷(運輸事務次官)の四氏とからなつていた。右審理にあたり、公聴会の速記録があらためて参照されたという事実はなかつた。

審議の結果、運輸審議会は、全員一致で、原告の本申請につき、申請事案の目的とする高崎、前橋、伊勢崎、太田の諸都市と草津とを結ぶ交通機関としては、既設交通機関の乗継ぎによる方が申請路線よりも運転時間、運賃等の面において便利であるから、申請事案は緊要性に乏しく、本申請は道路運送法第六条第一項第一号及び第五号に適合しないとの理由で、これを却下すべきものと決定し、同月三〇日その旨被告に答申した。

被告は、右答申を得て、同年六月七日原告の申請は、道路運送法第六条第一項第一号及び第五号に適合しないとの理由で、これを却下する旨の処分をした。

なお、運輸審議会の答申は、被告の却下処分後の同年七月一二日官報に告示され、被告の却下処分前に、原告において答申の内容について知り得る機会はなかつた。

4、審理手続の適否

以上に見てきた原告の申請事案に対する被告及び運輸審議会の実際の審理手続が、果して、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことが客観的にいわれがないと認められるようなものであるかどうかを次に検討することとする。

(一)  運輸審議会における公聴会は、一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請事案等の審議に関するかぎり申請者その他の利害関係人の主張、立証によつて申請事案が免許基準に合致するかどうかについての判断の基礎となる事実を正しく認識するための手続たるべきことが期待されているものであること、公聴会がこのような機能を十分に果すためには、道路運送法第六条第一項のように免許基準が極めて抽象的に定められている場合には、当該免許申請における具体的問題点、換言すれば、公聴会の審理を通じて審議会によつて認識さるべき事実関係がいかなる事項であるかが、公聴会開催までに、申請者その他の利害関係人に了解せしめられていることが必要不可欠であることは、先に述べたとおりである。

しかるに、原告の本申請に関する公聴会においては、事前または公聴会の席上でも、申請事案についてどの点の事実の確定が問題であるかは、一度も明らかにされなかつたことは、すでに見たとおりであり、運輸審議会が事案につき審議会としての最終判断を下すに当つては、公益裁量の観点が加味さるべきことは当然であるとしても、この公益裁量も、正確、公正な具体的事実の認定を基礎とすることによつて初めて公正、妥当なものとなり得るのであるから、基本となるべき事実認定の公正を期するための最少限度不可欠の要件を欠くものと認められる、本件申請事案に対する審議会の審理手続は、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことが客観的にいわれがないと認めなれような手続にあたると解することは到底できないところであるが、なお、この点をいつそう詳細、具体的に考察することとする。

(1) 運輸審議会は、太田、伊勢崎、前橋、高崎の諸都市と草津とを結ぶ交通機関としては、申請路線によるよりも、既設交通機関による方が運転時間、運賃等の面において便利であると認定し、原告の本申請を却下すべきものと判断して、その旨答申している。

そこで、まず運転時間の点についてみるに、反対公述の中には、本申請が運転時間において、既設交通機関に比して劣る旨の陳述があり、また、原告がこの点について反論したことは、(証拠―省略)により明らかである。しかし、既設交通機関と申請事案との運転時間を比較する場合に、既設交通機関としてなにを利用するものとするかが明らかにされることが不可欠であり、そのことは、同時に、比較の対象となる既設交通機関の選択の当否が問題とされなければならないことを意味することとなる。反対公述において、運転時間につき比較対照を行うにあたり、日本国有鉄道のデイーゼルカーの利用が重視されているのであるが、長距離区間を運行系統とする一般乗合旅客自動車運送事業においては、日本国有鉄道の汽車区間と競合することが少なくないことは、(証拠―省略)により認められるところ、汽車とバスの運行速度を比べた場合に、長距離について比較するかぎり、一般にバスが劣ることは世上の常識として当裁判所に顕著な事実であるから、本申請について、既設交通機関との運転時間の優劣が、免許の可否の判断の重大なポイントとなるのであれば、運輸審議会としては、公聴会までに、比較の対象となる既設交通機関になにを選択すべきであるか、もし汽車の利用を既設交通機関として採用するとすれば、他の長距離事案について、汽車の運転時間との比較が必ずしも決定的な判断の決め手となつていないことよりして、原告の本申請の場合には、それが決め手となることの根拠となる事実について、申請者その他の利害関係人に主張、立証を尽すべきことを示唆しなければ、到底正当な事実の認識、判断は不可能と思われるのに、このような手続はなにもとられていない。

また、運賃の点についても、反対公述でこの点が触れられており、運輸審議会委員が、この点について原告に質問し、または、後日資料の提出を求めたかどうかは、必ずしも明白ではないが、いずれにしても、運賃問題が、本請申の許否について、重大なポイントであることが、原告に対し告知されたこともなく、そのように了解され得べき事情にもなかつたことは、運賃については、事業の免許とは別に、認可制度が採られており(道路運送法第八条)、証人国友弘康の証言によれば、運賃関係はさして重視されず、運賃のことだけで、申請が却下されることはないものと運輸省の所管局において了解していたと認められることより明らかである。従つて、運賃問題を免許の決めてと判断したのであれば、運輸審議会において、この点を原告等に明らかにすべきであり、また、既設交通機関との対比についても、運転時間と同様、その対象の選択の当否について、原告その他の利害関係人に主張、立証を促すことが必要である。

(2) しかも、既設交通機関と申請路線の利用とのいずれが便利であるかの判断は極めて微妙な判断事項であつて、それだけに判断には慎重さが要求されるのであるが、検証の結果によれば、次のような事実を認めることができる。

申請路線について、停留所における所要推定時間を見込んでの運行所要時間は、太田―草津間四時間三五分であり、道路状況においても、バスの運行を著しく妨げる程の悪状況にはなく、乗心地、疲労度も、通常の長距離バスに比して、劣るところはなかつた。他方、既設交通機関として、草津―長野原間を日本国有鉄道バス、長野原―渋川間を同列車、渋川―太田間を東武鉄道株式会社のバスを利用したところ、四時間三二分を要をした。

もつとも、検証時においては、道路状況が本件却下処分時に比して、かなりの程度に改良されていたことは、成立に争いのない乙第四号証の一、二及び検証の結果において、明らかであり、また、検証に使用した車輛は空気バネ式のものであつたが、原告の由請書に記載された使用車輛は板バネ式で、成立に争いのない乙第五号証によれば、空気バネ式車輛は板バネ式のものに比し、未舗装路における乗心地等快適度において相当程度にまさることが認められ、また、検証の際、既設交通機関として利用した日本国有鉄道の汽車が、長野原において三〇分遅れて到着するような事情があつた。しかし、弁論の全趣旨によれば、却下処分当時において、検証時程度の道路の改修工事の進捗が予想し得ないものではなかつたことが認められ、また、成立に争いのない甲第一号証の一、乙第四号証、原告代表者尋問の結果によれば、原告の申請書に記載された使用予定バスが、当時としては最新型を予定したものではあるが、その頃は、まだ空気バネ式車輛は一般に利用されていなかつたところ、却下処分当時は、これがかなり普及するに至つていたことが認められ、以上の認定に反する証拠はない。

これらの事実を総合すると、運賃の点はしばらく別にすれば、所要時間の点で申請路線による方が劣るとはいつても、乗換の要否等の便宜等をあわせ考えれば、既設交通機関を利用する方が便利であると速断し得るかどうかについては、かなり疑問がある。

従つて、この点を判断するに当つては、前述のような、この点を判断するにわさわしい厳格公正な手続による調査、審理が必要であるのに、運輸審議会の審理の状況は前に見たとおりであり、一回の現地調査すらもなされておらず、当裁判所の検証の結果によつても、前述のような本件却下処分当時と検証時との状況の相違、使用車輛の差異等の条件の相違を考慮にいれて考えても、なお、この点が、原告の申請事案にとつて決定的に不利な要素としてしんしやくされなければならない必然性を発見することはできない。

なお、被告は、運輸審議会に対し、一般的に現地調査を期待することは、その取扱事件数よりして、不可能を強いるものであると主張するが、法規上その権限が認められていないと解すべき根拠はないのみならず、証人青柳一郎の証言によれば、運輸審議会においてもしこれを実施する意思さえあるならば、現地調査をする手段を欠くものでないことは明らかであり、また現地調査の要否も、一般的にすべての事案について必要なわけではなく、その判断の形成に現地調査またはこれに代る適当な調査、審理が、当該事案について不可欠と認められる場合にこれを行えば足りるわけであり、しかも、その調査は、審理官の活用等によつてもなし得るのであるから、一般的に現地調査を実施することは現状においては困難であるというような弁解が、運輸審議会の手続が適正、公正の要件を欠くものでないとする被告の主張を支持することに役立つものとは到底解されない。

(二) 申請が免許基準に適合するかどうかの判断にあたつては、道路状況、輸送需要その他について、将来についての正確な予測をなすべきことは、一般乗合旅客自動車運送事業が継続的な事業であることから当然であり、運輸審議会もまた、東北急行バス株式会社の免許申請について、道路状況の整備、輸送需要の伸張を予想して、免許すべきものと答申し、被告がこれを免許したことは、被告の明らかに争わないところである。

もつとも、将来の予測も、過去及び現在の事実関係に基づき合理的に推測されるものでなければならないことは、先に述べたとおりであり、従つて、将来の予測にわたる事項であるからといつて、過去及び現在の事実を基礎としてこれを予測すべきことの当否につき申請者等に、主張、立証の機会を与えることが無意味なものということはできない。運輸審議会は、この点を明確にして、公聴会において、将来の予測に関する基礎事実についても、主張、立証すべきことを求める必要がある。しかるに、本申請に関する公聴会において、運輸審議会の適切な指示を欠いたため、この点について、申請者その他の利害関係人から主張、立証がなされた形跡はないのみならず、運輸審議会が、このような事項を考慮の上判断したかどうかも明らかでなく、この点においても、その審理手続に不備があつたことは否定し得ない。

(三) また、一般乗合旅客自動車運送事業が免許事業とされ、種々の義務が課せられる反面、一般の事業経営者に付与されないような特典が与えられているのは、これが国民大衆の利益に密接な関係を持ち、その意味において公共性を有することによるものであることは、前述のとおりである。従つて、当該事案を免許すべきかどうかの判断にあたり、その事業の開始についての国民大衆の要望が路線を開設すべき公共の必要性を裏書きする事実として重視さるべきことは当然であり、自動車運送事業者に対し、運送の必要性の高い場合には、事業者側から希望がなくとも、運輸路線を推持、経営すべきことが運輸大臣より命ぜられることがあることを定めた道路運送法第三四条の規定の趣旨から推しても沿線住民等の路線開設に対する強い要望につき正当な考慮が払われなくともよいと解すべきなんらの根拠はない。

しかるに、原告の本申請については、先に認定したとおり、申請路線の沿線市町村の代表者の多くが参加して、実現促進のための期成同盟会が結成され、また群馬県議会でもその実現を期待する決議がなされており、公聴会においても、多数の関係市町村代表者が賛成公述をしているのに、運輸審議会が、これを正しく考慮に入れたと認むべき証拠は、なんら存しない。

(四) 運輸審議会は、答申の決定に当り、運輸省所管局の免許の許否に関する意見の決定を待ち、これを聞いて答申決定をしたものであることは、先に認定したとおりである。

(1) しかし、運輸審議会が設置され、公聴会主義の原則が採用されている趣旨は、すでに述べたとおり、独立、公正の機関が、申請者、利害関係人等の参加した手続で、互いに意見、反論をかわし、証拠を提出する機会を与え、これに基づき事実を認定し、免許の許否の判断をすべきものとするにあるのであるから、かかる審理形態を採らず(陸運局長の聴聞手続が手続の公正の保障の見地から重要な意義を持ち得ないことは先に判断したとおりであり、しかも、被告庁の所管自動車局長は自ら聴聞手続を主宰したものではない。)その独立性、公正さにおいて劣る運輸省所管局が、免許の許否について運輸審議会の判断に重大な影響を及ぼすような方式において、断定的な判断を下すがごときことは、法の予想しないところであり、所管局長の意見の開陳を待つために運輸審議会が審議を遅らせるがごときことは、そもそも、法の趣旨にそわないものというべきである。けだし運輸省所管局の最終的な見解が明らかにされれば、運輸審議会が、これによつて事実上相当の控制を受けることは当然であるから、かかる方式によることは、運輸審議会制度を採用した趣旨を著しくそこなうものといわなければならない。

(2) しかも、すでに見たとおり、運輸省所管局の意見は、公聴会の結果を十分に検討した上のものというよりも、申請者その他の利害関係人の陳情に基づく判断によるもので、本申請を却下すべきことの意見の基礎が、原告が従前の事業分野を超えて、新たに事業を拡張することについて、消極的な見解を持していたことによるものである。

一般乗合旅客自動車運送事業が国民の利益に密接な関係を有するところよりすれば、国が事業の健全な発展、遂行に無関心たり得ないことは明らかであり、そのため差別的な取扱いや不当な競争が排除さるべきこと(道路運送法第三二条参照)は当然であるが、すでに述べたとおり、一般乗合旅客自動車運送事業も、憲法第二二条第一項の営業の自由の保障の関係において、本質的には、そこで国民が自由に選択することを保障されている営業の一種に属するものであるから、新たな事業の開始が、行き過ぎた不当競争を惹起し、あるいはその他当該地域の一般乗合旅客自動車運送事業の発展を阻害することが明らかで、この見地において公共の福祉に反することが明白と認められる場合を除いては、それが免許申請者の従前の事業区域の外に出る場合であつても、そのことだけで、これを消極的に考えることは許されないものといわなければならない。なぜならば、一般乗合旅客自動車運送事業における免許制度及びこれに伴う義務の賦課や特典の付与は、もともと、国民の利益を基礎とするものであり、そのことが、反面、場合によつては、既存事業者の利益となることがあるとしても、既存事業者の利益の擁護自体は、法の趣旨とするところではないのであり、積極的な事業経営と公正な競争の確保が、かえつて国民の利益と合致する場合も少なくないのであるから、不当に事業分野の調整という見地を重視し、これを超える事業の開始をいたずらに白眼視することは、かえつて、事業の不当な独占状態をもたらし、ひいては国民の不利益ともなるからである。法が運輸審議会を設け、独立、公正な立場から、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否に関与すべきものとする趣旨は、また、かかる事業が多額の資本を要するところから、ともすれば、大資本を擁する事業主の経済的、政治的圧力や大臣その他官僚組織との人的つながりのため公正な運輸行政が阻害され国民大衆の利益ということが不当になおざりにされる結果を招く危険を防止することにもあると解すべきである。

従つて、運輸省所管局において、原告の本申請が事業分野を超えるものであることを不当に重視して、その免許の許否を判断したことは、そそそも、法が予想し、期待する程度をこえて事業分野の調整なる要素を過重に考慮したものであつて、一種の他事考慮ないし偏見にもとずき、事案を処理したものとの非難を免れないものというべきである。

(3) また、すでに見たとおり、運輸省所管局は、公聴会開催後原告が大臣に陳情した際、本申請に対する問題点を指摘しているのであるが、これらの点について、判断の基礎となつた資料は原告に呈示されず、また、運輸審議会がその後に、原告その他の利害関係人にこれらの点につき聴聞等の手続によつて、主張、立証の機会を与えていないのであり、また、これらの問題点についての原告の申請に不利な意見が、利害関係人に呈示してその批判にさらすことが不必要と認められるような公知の事実や客観的にその公正さが保障されているものと認められるような資料(たとえば一般に権威を認められた学術的資料等)のみに基づいて形成されたことについては、本件においてなんら主張、立証のないところであるから、大臣に陳情の際に所管局長が一応問題点を指摘したといういきさつがあつたというだけで、被告の処分が公正な、独断を疑われることのない手続によりなされたものであることを理由づけ得るものでないことは、いうまでもないところである。

(五) 運輸審議会の答申は、公聴会開催後丸二年以上を経過して出されていることも先に認定したとおりである。法が公聴会主義を採用している趣旨よりすれば免許の許否の判断の基準となる事実は、公聴会の時までに明らかにされた事実に基づくことを予想しているものと解されるが、本申請の場合のように、公聴会開催後答申までに、通常予想さるべき審議、判断の期間を超えて、二年以上もの期間が置かれたような場合には、行政が本来事情の変化に的確、迅速に対応すべきものであることよりして、公聴会開催後の事実についても、免許の許否の判断にあたり考慮されなければならないものといわざるを得ない。

もつとも、公聴会開催後の事情の変化を、いかなる手続で認識すべきかについては、法律の規定は必ずしも明らかではないが、事実認定の資料は、公聴会において申請者その他の利害関係人の批判にさらされたものによるべきことを期待する法の趣旨と、補足的資料を得るために聴聞手続が定められていること(運輸審議会一般規則等二一条)よりすれば、公聴会開催後の事情の変化は、やはり、原則として、聴聞によつて認識すべきことが予想されているものと解すべきである。

しかるに、原告の本申請について、かかる聴聞が行われた事実についてはなんらの主張、立証がない。

(六)  以上の検討の結果によると、運輸審議会の本件申請事案に対する公聴会その他の審理手続は、事実を正しく認定して、これに基づき免許の許否を判断するための手続として不備な点が多く、原告の申請を却下すべきことの理由とされた既設交通機関と申請路線との便利さの比較という微妙な判断事項について、原告その他の利害関係人を適切に指示して、十分な主張と立証を尽させたものとは認められず、また、申請路線に対する国民の要望という免許の許否の判断における重要な事実に正当な考慮を払つたかどうかに疑問があり、反面一般乗合旅客自動車運送事業における事業分野の調整というような本来免許の許否につき、過重に重視することの許されない事項を過大に評価した疑いもあつて、全体として、運輸審議会の審理手続は、その事実の認定と判断とに、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことが客観的にもつともと思われるような手続にあたるものといわざるを得ず、その結果、原告のかような適正な手続によつて免許の許否の判断を受くべき法的利益を侵害したものといわなければならない。

五、本件却下処分の手続(その二)

原告は、本件却下処分当時の被告運輸大臣であつた木暮武太夫及び運輸省所管局につき、公正を疑うべき事実があると主張するので、この点についても検討することとする。

1、木暮武太夫関係

当事者間に争いのない事実に、(証拠省略)及び弁論の全趣旨によると、次のような事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

原告代表者岩崎半之助は、もと群馬合同バス株式会社の社長であつたが、同社はその後社名を変更して、群馬バス株式会社(以下旧群馬バスという。)となつた。ところが、終戦後旧群馬バスの経営権をめぐり、岩崎社長派とこれに反対する反社長派との間に内紛が生じ、約四年間の紛争の未、昭和二五年四月未群馬県陸運事務所長等の斡旋により、旧群馬バスの事業を群馬バス株式会社と原告との間に分割することに、一応話合いがまとまつた。しかし、その後も、群馬バス株式会社と原告との間で法律上の紛争は絶えず、多数の訴訟が係属し、昭和三五年四月三〇日前橋地方裁判所において調停の成立を見るにいたつたが、現在においても、なお前橋―高崎間の路線についての運輸協定をめぐり、原告より群馬県知事及び群馬バス株式会社に対し訴訟が提起され、同裁判所に係属している。

ところで、昭和三一年頃より群馬バス株式会社に、東京急行電鉄株式会社の資本を導入することが試みられ、木暮武太夫等の積極的な活躍の結果、群馬バス株式会社の実権を東京急行電鉄株式会社が掌握することとなり、主要な役員、社員の地位が東京急行電鉄株式会社の社員によつて占められることとなつたが、木暮武太夫も同社の意を受けて、昭和三二年四月群馬バス株式会社の社長に就任し、昭和三五年一二月八日運輸大臣に任命されるまでその地位にあつた。なお、同人は、同じく東京急行電鉄株式会社の支配下にある草軽電気鉄道株式会社の取締役にも、昭和三一年五月以来大臣任命まで就任していた。その後、木暮武太夫は、昭和三六年七月一八日運輸大臣を退任し、同年八月二三日群馬バス株式会社の代表取締役会長に就任し、現在に至つている。

原告の本申請について、群馬バス株式会社、草軽電気鉄道株式会社とも、東京陸運局における聴聞、運輸審議会の公聴会を通じて反対の陳述、公述をしていたのであるが、とりわけ、群馬バス株式会社は、原告の申請系統のうち前橋―大戸間に既設路線を有することと、従来の関係とにより、原告の免許に強く反対し、木暮武太夫も運輸大臣就任まで、同社社長として、陳情その他により反対運動を続けていた。なお、同社は、原告に対する却下処分後六カ月余を経たにすぎない昭和三七年一月二九日付をもつて、原告の本申請と趣旨を同じくする運行系統高崎―草津間の一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請をしている。

2、運輸省関係

当事者間に争いのない事実に、証人(省略)の証言及び弁論の全趣旨によれば、次のような事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は、群馬県内の一部を事業分野とする、一般乗合旅客自動車運送業界においては、中小企業に属するもので、運輸省の主要地位にあつた職員が入社するようなこともなく、運輸省と深い関係にはない。他方、運輸省の係官等が、大企業に入社することは少なくなく、本件却下処分当時、同省自動車局長であつた国友弘康は、その後間もなくして退職し、東武鉄道株式会社に入社し、現在常務取締役の地位にあり、また、東京都陸運事務所長、新潟陸運局長の経歴のある萩原栄治は、東京急行電鉄株式会社の自動車部長を経て、昭和三六年七月以来群馬バス株式会社の代表取締社長をしている。

免許の許否の関係では、先に見たとおり、原告の申請に関しては、将来の道路状況の改修、輸送需要の拡大について、適切な考慮が払われていると認め得ないのに対し、東武鉄道株式会社等によつて設立された東北急行バス株式会社に対する免許においては、この点が申請人に有利にしんしやくされており、また、原告の場合に、運輸省所管局において重視された事業分野の問題も、東京急行電鉄株式会社に、渋谷―長野間を運行系統とする一般乗合旅客自動車運送事業の免許をした際には、ほとんど問題とされていない。

また、東京急行電鉄株式会社が、前記のように群馬バス株式会社その他に資本を流入し、その実権を掌中におさめるような行為は、事業の貸渡(道路運送法第三六条)、管理の受委託(同法第三八条)、譲渡、譲受(同法第三九条)につき制限を設けている法の趣旨及び公正な競争の確保という(同法第一条)法の目的よりして、その当否については疑問が存するにかかわらず、運輸省はその事実を知りながら、これを漫然放置し、なんらの方策も論じていない。

以上のような事実よりすれば、運輸省所管局において、その運輸行政が大企業の利益に偏しているものとよし断定することは困難であるとしても、少なくとも、これを疑われても、またやむを得ないところといわなければならない。

3、公正の保障

処分権がその処分につき直接の利害関係を持ち、その処分によつて利益を受け、または不利益を受けるような場合に、そのような者のした当該処分につき、その公正さに一応の疑いが抱かれることは避け得ないわけであるから、処分につき直接の利害関係を持つ者が、処分をし、またはこれに関与することを排除することも、適正手続の観点から、一応必要なことがらと解すべきである。しかし、この要請を厳格に適用すると、特定の処分の処分権者について、かかる場合の代理の方式が定められていない場合には、その処分につき決定をすることができないこととなり、かくては、行政の時宜に即した迅速、的確な遂行が不可能となるから、かかる場合にまで、前記の要請は及ばないものと解さざるを得ない。

原告の本申請を却下すべきものとした被告運輸大臣は、当時木暮武太夫であつたが、同人は、前に見たように原告の本申請について、特別の利害関係をもち、またこれに対して反対運動を続けていたことも明らかではあるけれども、運輸大臣がその処分につき利害関係を持つような場合にそなえて、その権限の行使につき代理の規定を定めた法規は存在しない現状にあつては(内閣法第一〇条、国家行政組織法第一七条参照)、木暮武太夫につき、前記のような事実があるとの理由だけで、本申請を却下した処分が、直ちに適正手続の保障の要請に反し、これを違法であると判断することは許されないものといわなければならない。

しかし、すでに見た本件却下処分の経過を仔細に検討すると、次に述べるような疑問はぬぐい得ないところである。すなわち、運輸審議会は、公聴会開催後二年以上経過して、原告の本申請を審議し、答申をしたのであるが、二年以上の時日を要したのは、その間に特別の調査、検討を必要としたり、その他合理的な理由があつたからではなく、従来の慣例に従い運輸省所管局の意見を聞いて最終審議をすることにし、所管局の意見の開陳を待つていたことによるものであるところ、一方運輸省所管局において、運輸審議会に意見を述べるのが遅れたのも、その意見が定まらなかつたことによるものでもなければ、意見を出すために必要な公正な調査をしていたからでもなく、本申請を却下すべき旨の意見は、かなり早くから決つていたのに、原告及びその反対者側の陳情やその他の政治的考慮に基づくものであつた。それが、右の時期になつて、急に意見を述べることとしたことについても、格別の合理的な理由があつたものとは思われない。

前認定のとおり、楢橋渡が運輸大臣の時、同人が当時の運輸省陸運局長国友弘康の免許反対の理由を聞いた上、これを免許すべき旨の発言をしているのであるが、その当時においても、運輸審議会に意見を述べることができたのに、これをしないで、前記のような事情にある木暮武太夫が運輸大臣の時、しかも、同人の退任近くなつて(なお、通常国会終了後、自由民主党の役員改選が行われ、これに伴ない閣僚の入替があるため、毎年六、七月頃内閣の改造が行われていることは世上常識として知られていることがらとして当裁判所に顕著な事実である。)、特別の理由もないのに却下の意見を運輸審議会に告げ、また、その当時の運輸省自動車局長国友弘康も、間もなく退職して、原告の本申請に反対していた東武鉄道株式会社に入社しているのであり、これらの事実に、運輸省と大企業との間に見られる前記のような人的つながりその他の事実をあわせ考えると、原告が本件却下処分が公正に行われたものではないと疑うのもまことにもつともというべきである。

右認定のような事情もまた本件却下処分が、処分の公正を疑うことがいわれがないと認められるような手続によりなされたものであるかどうかを判断する上において、見落すことのできない事実といわねばならない。

六、被告が本訴において主張する処分理由について。

1、被告が本訴において主張する処分理由と当裁判所の審理の範囲

被告は、本訴において、原告の申請を却下した理由を詳細に述べている。

しかし、証人国友弘康の証言及び被告がその主張を立証するために提出した書証の作成年月日よりすると、被告が原告の申請を却下した理由として述べるところは、却下処分当時運輸審議会ないし被告が判断していたところによるものではなく、本訴の提起により、被告が改めて資料を収集し、これに基づいて下した判断を述べるものであることは明らかである。

ところで、一般乗合自動車運送事業の免許基準に適合するかどうかの判断にあたり、右判断の基礎となる事実の確定及びその評価については、行政庁の専門技術的知識及び公益判断が不可避であり、その意味において、行政庁の裁量に委ねられているものと解すべき範囲の存することは否定できないところであるから、裁判所が行政庁と同様の立場に立つて、免許基準に適合するかどうかを、一義的に判断することが許されないことは当然であり、それだけに、その反面において、行政庁が処分をなすにあたり、事実を認定し、これを判断する手続が適正であることが強く要求され、行政庁の判断につき、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことが客観的にもつともと認められるような手続をとることは、法の許容しないこころと解すべきことは、すでに詳しく論じたとおりである。そして、本件却下処分の手続を、このような観点から検討するときは、その手続は、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことがいわれがないと認められるような手続にあたるものとは到底解されず、却つてその介入を疑うことが客観的にみてまことにもつともと認められるようなものであり、従つて、被告は原告が適正な手続によつて免許の許否の判断を受けることについて有する法的利益を侵害したものといわざるを得ず、原告は、本件却下処分を取り消し、改めて適正な手続によつて判断さるべきことを求める権利を有すると認むべきことも、先に見たとおりである。かかる場合に、被告が、処分当時までには、運輸審議会においても、被告においても判断の基礎とならなかつた資料を、訴訟が提起された後に、新たに収集し、これに基づいて判断した結果を、裁判所が裁量権の行使の名の下に容認しなければならないものとすれば、適正な手続に従つて裁量権を行使すべきことを求める原告の権利は、ほとんど意味を失い、その結果は、基本的人権の保障とくに手続的見地からする権利、自由の保障を著しく狭めることとなるであろう。従つて、被告は、処分後に収集した資料に基づく判断を、裁量権の行使の名の下に、裁判所に対しその承認を求めることは原則として許されないものと解すべきである。

もつとも、処分の手続の適正ということが強く要請されるのは、処分の内容の妥当性、正当性を担保するためのものであるから、処分の内容の正当性が客観的に明白である場合、換言すれば、行政庁が裁量権を主張することによつて処分の適法、正当性を「カバー」することの必要がないと認められる程度に、処分の内容の正当性が明白であり、その結果、処分手続の当否を論ずることが無意味と認められるような場合には、処分手続の瑕疵は、処分の取消事由とならないものと解するのが相当である。これを本件についていえば、原告の申請が、免許基準に適合しないことが客観的に明白な場合には、原告の申請を却下した手続に、前述のような瑕疵があつても、なお却下処分を取り消すには当らないということである。そして、かかる意味における処分内容の客観的に明白な正当性を立証するための資料として、処分後に収集されたものを使用することは妨げられないものといわなければならない。

よつて、被告が本訴において主張する処分理由を、かかる見地からさらに検討することとする。

2、既設交通機関について。

原告の申請系統に関係して、被告主張のような既設交通機関が運行していることは、原告の明らかに争わないところであるが、原告の申請の目的が、太田、伊勢崎、前橋、高崎の諸都市と草津を直結することにあるところ、かかる直通の交通機関の存しないことは当事者間に争いないところであり、また被告のあげる既設交通機関の多くは、右申請の目的よりすれば、輸送対象を異にするものと認められるから、被告の主張する既設交通機関の存在のみによつて、太田等の諸都市と草津を結ぶ申請系統につき、輸送需要が満たされていることが明らかと認めることはできない。

3、所要時間について。

(一) 被告は、原告が申請系統を五時間で運行できるものとしても、既設交通機関に比して劣ると主張して、東武鉄道株式会社の電車、日本国有鉄道の汽車及び長野原から同バスを利用する場合をあげるが、長距離バスが汽車区間と競合する場合に、一般にバスが汽車に運行時間の点で劣ることは世上常識的に知られていることがらとして、当裁判所にも顕著な事実であるのに、かかる場合に免許がなされている事例の少なくないことは、(証拠―省略)によつて明らかであるから、原告の申請の場合に、特に汽車と運行時間を比較すべき合理的な理由が、十分納得の行く程度に示されない限り、直ちに原告の申請が免許基準に適合しないことが明らかであると認めることはできないし、また、本申請の目的である太田、伊勢崎、前橋、高崎の諸都市と草津との交通という観点よりすれば、被告の主張するように二〇分から五〇分程度申請系統の方が時間がかかるといつても、申請系統が乗り換えを要しない利点を有することを考慮すれば、そのことが本申請の決定的な欠点となるものと解することはできない。そして、以上の理由は、被告の主張する処分における比較についても、同様というべきである。

(二) また、被告は、申請系統を原告の申請のように五時間で走行することは、困離であると主張するが、これを認むるに足る証拠はなく、かえつて検証の結果によれば、この区間を四時間三五分程度で走行することが可能と認められ、被告の主張する本件却下処分後の道路の改修状況を考慮にいれても、五時間で走行することが、本申請却下当時著しく困難であつたとは認められない。(なお、被告は、検証に使用した車輛が空気バネ式であつたこと、運転者の技術がすぐれていたことをもつて、検証時の走行時間が著しく短縮されたものと主張するが、運転者の技術が一般のバスの運転者に比し、著しく優れていたと認めるに足りる証拠はなく、また空気バネ式の点については、先に述べたとおり、申請書に記載された車輛が板バネ式のものであつたとしても、申請時と処分時との事情の変化を考慮すれば、免許があれば、原告が空気バネ式車輛を使用したであろうことも十分予想される以上、この点を重視すべきではない。)

4、運賃について。

(一) 原告の申請計画における運賃と既設交通機関のものとの対比の点については、被告の主張する既設交通機関による場合の総合運賃と原告の申請にかかる全路線を通ずる総運賃等とを比較してみてもその間に顕著な相違はなく、日本国有鉄道の汽車の運賃に比し、これと同区間を運行するバス運賃の方が高額である場合が、必ずしも少なくないことは、世上常識として知られていることがらとして当裁判所に顕著な事実であるから、この点も、申請却下が正当であることを明らかに示すものとはいえない。

(二) 次に、被告は、原告の運賃の構成、算出方式が極めて不合理であると主張する。

(1) まず、原告の賃率が前橋、高崎から草津間において著しく低額であると被告は主張するが、既設交通機関、とりわけ汽車と同一区間を運行する場合に、ある程度まで、汽車の運賃との均衡がはかられることは、これまた、世上常識として知られていることがらとして当裁判所にも顕著な事実であり、その結果賃率が低く定められることのあることはとくに異とするに足らないところで、成立に争いのない甲第三六号証の一、二によれば、例えば、同じ長野県の長野―松本―飯田間が粁程一七八、七(一七九、二)粁、所要時間六時間三〇分で三八〇円であるのに、松本―平湯―高山間は粁程一〇一、五粁、所要時間五時間三〇分で四九五円であるという一例によつても、原告の賃率が不合理であるかどうかは直ちに明白とはいい難く、また原告の収支を償い得ないものかどうかの点も、直ちに明白とはいい難い。

(2) 次に、被告は原告の運賃表は旅客の差別的取扱をするもので不合理であると主張するところ、この点については、原告の運賃表にある程度の不合理のあることは否定できない。

しかし、本来一般旅客自動車の運賃は、免許と別に認可の対象となるもので(道路運送法第八条)、証人国友弘康の証言によれば、運賃の問題だけで免許申請を却下することはなく、その修正が可能な場合には、免許した後、これを修正させて認可する取扱いがなされていたものと認められるのみならず、原告の申請にかかる運賃の構成が適当な修正を施してもなお免許の決定的障害となることが明白であると断定するに足りるほど不合理であることが明らかであると認められないのでこの点の不備をもつて、本申請が免許基準に適合しないことが明白であることを当裁判所に納得させることはできない。

5、道路状況について。

被告は、原告の申請路線は、道路状況が悪く、またその事業を免許することは、交通保安上の危険が伴うと主張するが、原告の申請系統の全区間にわたつて、原告の申請以前から一般乗合旅客自動車が運行していることについては当事者間に争いがなく、また検証の結果によつても、申請路線の道路状況が本件却下処分当時原告の申請が免許基準に適合しいないことが明白であるという程度に悪く、また危険であつたとは認め難い。もつとも、被告は、検証時においては、道路状況が改修されて、処分時に比し良くなつているというが、この程度の改修の進捗状況は、処分時の事実により合理的に推定し得るものであつたことは前述のとおりである。従つて道路の状況をもつて本件申請が免許基準に合致しないことが明白であることを当裁判所に納得させることはできない。

6、輸送需要について。

被告は、原告の輸送需要の推定は、合理性を欠き、過大であると主張する。

(一) 原告が輸送需要を推定するにあたり、申請系統の交通圏内の市町村人口に推定利用率と利用回数を乗じて、これを算出したことは、成立に争いのない甲第一号証の一の七より明らかであり、かかる推定方法が正確性の点からいえば、難のあることは被告の主張するとおりであるが、本来輸送需要の推定は極めて困難な問題であるから、これに厳格な正確性を求めることは、もともと、不可能を強いるものといわなければならない。

(二) そこで、被告の推定方法を検討してみよう。

被告の推定の根拠は、乙第一一号証ないし同第一三号証に示されているのであるが、これらの資料にも疑問がないわけではない。例えば、乙第一一号証は、太田―草津間の国鉄各駅を中心とした相互発着旅客数を表示したものであるが、特定の駅から駅まで乗車する旅客は、特段の事情のない限り、往復ともこれを利用することが通常であるから、特定の駅と駅との相互発客数に著しい相違は生じえないものと考えられるのに、乙第一一号証によれば、東武鉄道、伊勢崎から前橋に向う旅客は、それぞれ四〇〇〇人余、一二〇〇〇人余と記載されているのに、前橋からこれらの各駅に向う旅客はいずれも一人も居ないこととされている。

また、被告が、原告の輸送需要の推定が不合理であることを主張するため、直接利用している関係部分についても、長野原より前橋に行つた旅客が二七四人あるのに、前橋から長野原に行つたのは、その四分の一に満たない六五人に過ぎないこととなつている。また、新前橋から吾妻線に行つたのが四三三人あるのに、吾妻線から新前橋に行つたものは一人も居ないこととなつている。そればかりでなく、被告の主張によれば、渋川より吾妻線を利用して草津に至る相互発着客は、昭和三二年度において、年間一三、五六五人と推定されているのであるが、乙第一三号証によれば、その前年の昭和三一年度において、吾妻線の渋川―草津間の相互発着客数は、四二、二八七人とその三倍以上である。従つて、被告の推定が、その主張するような合理的であるかどうかは疑わしく、その合理性が絶対的なものであることを前提として、原告の輸送需要の推定方法が明的に不合理であるとすることはできない。

(三) さらに、以上の点をしばらく置としても、被告は輸送需要の推定を昭和三二年度について行うのみで、本件却下処分当時のことについては、なんの主張もしないのであるが、成立に争いのない甲第三四号証によれば、草津温泉の年間入込み客数は、昭和三四年度は三八二、三六四人であつたのが、昭和三六年度には七〇四、一八八人と一、八倍以上増大しているのであり、このことを前提に、却下処分当時推定し得る将来の輸送需要を正しく考慮すれば、原告の輸送需要の推定が、免許基準に明らかに適合しないと判断できる程度に誤つていたかどうかは、なお疑問があるものといわなければならない。

(四) また、原告の本申請については、その実現促進を目的とする期成同盟が結成され、群馬県議会の議決があつて、その実現につき群馬県民の強い要望のあることは、すでに見たとおりであり、原告の申請が道路運送法第六条第一項第一号にいう「輸送需要に対し適切なもの」かどうかを判断するに当つては、この点にもまた適切な考慮が払われるべきである。

以上の諸点を考慮すれば、輸送需要の点においても、原告の申請を却下すべきことが客観的に明白とはいい難い。

7、事業分野の混乱について。

一般乗合旅客自動車運送事業の免許基準の判断において、事業分野の調整問題をどのように解すべきかについては、先に論じたところであり、それによつて明らかなとおり、事業分野を超える路線の申請であるということが、直ちに免許基準にあたらないことの明白である理由となるものではない。

以上、検討したところから明らかなとおり、被告が処分理由とする点のいずれをとつても、原告の本申請が免許基準に適合しないことが客観的に明白といい得るようなものではなく、これらの事情を総合しても、原告に改めて適正な手続により処分を受くべきことを保障することが無意味と認められる程度に、原告の本申請が不適格のものであることが明白であると解することはできない。換言すれば、被告が本訴において原告の申請計画における難点として挙げている諸点は、運輸審議会の、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことがいわれがないと認められるような公正な手続による事実認定及び裁量判断を経たことに基づいて、その判断の正当性が承認さるべきことを当裁判所に要求するのならば格別、運輸審議会のかような手続による判断を経由することなく、処分後、とくに本訴において新たに収集した資料に基づいて、原告の申請計画が手続的保障の観点を云々するまでもなく却下に値することが明白と認められるような決定的な難点を具備していると当裁判所をして納得させることはできないものといわねばならない。

第三  結諭

以上の検討の結果を要約すると、次のとおりである。

国民の基本的権利自由の規制にかかる行政処分、とりわけ処分の要件事実の認定、処分内容の選択、処分をするかどうかの決定を下すに当つて行政庁の専門技術的知識経験ないし公益上の裁量判断によることが必要とされるような処分については、裁判所、行政庁と同様の立場で、その処分の内容の当否を審査することはできず、処分が適正な手続によつて行われたものと認められるかぎり、行政庁の判断を尊重せざるを得ないから、それだけに、処分の手続過程の適正という観点が重視されなければならず、行政庁は、その事実認定ないし裁量判断につき、恣意、独断ないし他事考慮の介入を疑うことが客観的にいわれのないと認められるような手続により処分を行う義務があり、国民は、かかる適正な手続によつて処分を受くべき権利、ないし法的利益の保障を享有するものである。一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否について、運輸審議会がこれを関与すべきものとされているのも、右処分が、本質的には、憲法第二二条第一項により国民に保障された営業の自由の規制にかかるものであるから、とくにその処分手続の適正を確保することにあるものというべきである。

しかるに、原告の本申請を審理した運輸審議会の手続は、具体的に問題点を指摘して原告その他の利害関係人に主張、立証を尽させる等の、公正な、独断を疑われることのない手続というための不可欠の要件を充たさず、しかも、処分の性質上、本来重要な要素として原告の申請事案にとつて有利にしんしやくすべき事項につき正当な考慮を払わず、かえつて、法の趣旨からすれば本来過重に重視すべきでないことからを不当に重視し、その上本件却下処分を最終的に決定した運輸大臣及びその直属部局である運輸省所管局に処分の公正さを疑うことがもつともと思われるような事情もあつて、本件却下処分は、全体として、恣意独断ないし他事考慮の介入を疑うことがいわれがないと認められる手続によつて行われたものとは認められず、かえつて、これらの介入を疑うことが、当裁判所の客観的判断に照らして、まことにもつともと認められるような手続により行われたものと解され、その限りにおいて、原告は、適正な手続によつて処分を受べき権利ないし法的利益を侵害せられたものといわなければならない。しかも、原告の本申請については、原告に対しかかる手続上の利益を保障することが無意味と認められる程度の、明白な難点があるとは認められない。

よつて、本件却下処分は、違法であり、原告は、本件処分を取り消し、改めて適正な手続により、申請の当否を判断すべきことを被告に求める権利がある。

以上の理由により、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第三部

裁判長裁判官 白 石 健 三

裁判官 浜   秀 和

裁判官 町 田   顕

別紙第一

所要時間、運賃比較表(申請時)

区間

既設交通機関所要時間(分)

申請路線

所要時間

(分)

既設交通

機関運賃

(円)

申請路

線運賃

(円)

既設交通

機関乗換

回数

最少

最大

平均

太田 ― 草津

長野原

川原湯

吾妻町

二六〇

一九一

一八一

一五六

二八六

二一五

二〇五

一七八

二七三

二〇三

一九三

一六七

三〇〇

二六五

二五〇

二一五

二五五

二〇〇

一九〇

一六〇

二五〇

二二〇

二一五

二一〇

3

2

2

2

伊勢崎 ― 草津

長野原

川原湯

吾妻町

二〇五

一三六

一二六

一〇一

二三一

一六〇

一五〇

一二三

二一八

一四八

一三八

一一二

二六五

二三〇

二一五

一八〇

二〇五

一五〇

一四〇

一一〇

二一〇

二〇〇

一九五

一九〇

2

1

1

1

前橋 ― 草津

長野原

川原湯

吾妻町

一五八

一〇四

九四

七〇

一八一

一一〇

一〇〇

七三

一七一

一〇七

九七

七一

二二〇

一八五

一七〇

一三五

一七五

一二〇

一一〇

八〇

一九〇

一八五

一八〇

一七五

0

0

0

高崎 ― 草津

長野原

川原湯

吾妻町

一六八

一一四

一〇四

八〇

一九六

一二五

一一五

八九

一八六

一二一

一一一

八六

二〇五

一七〇

一五五

一二〇

一八五

一三〇

一二〇

九〇

一六〇

一五五

一五〇

一四五

0

0

0

註 既設交通機関は、太田―伊勢崎間を東武鉄道、伊勢崎―長野原間を国鉄列車

(高崎―前橋―長野原間は直通列車)、長野原―草津間は国鉄バスを利用するものとする。

別紙第二

既設交通機関運転所要時間

(一)草津―50分―長野原―120分―渋川

粁程五九、六八粁 所要時間一七〇分

(二)草津―50分―長野原―120分―渋川―50分―高崎

粁程八二、六八粁 所要時間二二〇分

(三)草津―50分―長野原―120分―渋川―40分―前橋

粁程七四、六八粁 所要時間二一〇分

(四)長野原―吾妻町

粁程二〇、一六粁 所要時間 五八分

(五)草津―吾妻町

粁程三三、九二粁 所要時間一〇八分

別紙第三

既設交通機関運賃

(一)太田―草津間(申請路線二五〇円)

(イ)太田―(電)―伊勢崎―(汽)―長野原―国―草津 二五五円

(ロ)太田―(中)―前橋―(東)―渋川―(汽)―長野原―(国)―草津二六五円

(ハ)太田―(中)―前橋―(東)―渋川―(国)―草津 三一〇円

(二)伊勢崎―草津間(申請路線二一〇円)

(イ)伊勢崎―(汽)―長野原―(国)―草津 二五〇円

(ロ)伊勢崎―(中)―前橋―(東)―渋川―(汽)―長野原―(国)―草津二二〇円

(ハ)伊勢崎―(中)―前橋―(東)―渋川―(国)―草津 二六五円

(三)前橋―草津間(申請路線一九〇円)

(イ)前橋―(汽)―長野原―(国)―草津 一七五円

(ロ)前橋―(東)―渋川―(汽)―長野原―(国)―草津 一七五円

(ハ)前橋―(東)―渋川―(国)―草津 二二〇円

(四)高崎―草津間(申請路線一六〇円)

(1)渋川経由

(イ)高崎―(汽)―長野原―(国)―草津 一八五円

(ロ)高崎―(東)―渋川―(汽)―長野原―(国)―草津 一九五円

(ハ)高崎―(汽)―渋川―(国)―草津 二三〇円

(ニ)高崎―(東)―渋川―(国)―草津 二四〇円

(2)榛名町、大戸経由

高崎―(群)―大戸―(東)―吾妻町―(国)―草津 三〇五円

註 (電)=東武電車利用

(汽)=国鉄列車〃

(国)=国鉄バス〃

(中)=群馬中央バス〃

(東)=東武バス〃

(群)=群馬バス〃

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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